日当りのよい岩壁や樹木に着生する多年草です。 「樹木に着生」と聞くと「寄生しているの?」と思われる方がいるかも知れませんが、寄生ではありません。 植物の「寄生」とは、宿主となる植物の幹、枝や根に、自分の根を侵入させて、宿主の植物が光合成などで生産した栄養分を横取りしている状態です。
「着生」は単に場所を間借りしているだけで、自前で光合成し雨や空気中から水分を吸収するので、支持体となる樹木から栄養分を奪うことはありません。
ムカデランの名の由来は、細長い茎の両側に短い葉がたくさん生える様子をムカデに見立てたものです。
ムカデランの茎は這って細長く伸び、葉は互生して左右2列に並び、その鞘は茎を被い、葉身は革質で、やや短針形、長さ6〜10mmです(*1,*2)。
茎の所々から太い気根を出して岩や樹皮に張りつきます。 葉は革質で、互生し、茎の両側に並びます。 葉身は円柱形で、長さは6〜10mmで表面に溝があります。 ....表面に溝がある? イメージ湧きませんよね。 これについては、次の写真で見てみましょう。
分布は、図鑑*1では「本州の群馬県以南、四国、九州」となっていますが、福島県にも生育するようです(*4、*5)。 茨城県、千葉県についてはどうか、ネットで探ってみましたが、有効な情報は見つけられませんでした。
写真#3はムカデランの葉のアップです。 葉の基部から先端まで、中心に溝があるのが見えるでしょうか? 茎の向こう側の葉のみ矢印で示していますが、もちろん茎の手前側の葉も同じです。 図鑑はこのことを言っていたのですが、上のように図示せず、言葉の説明だけなのでわかりにくいのです。 この溝は、茎の先端方向からでないと見えません。
ところで、葉の先端部は、尖っていますか? 丸まっていますか? この写真を見る限り、尖って見えませんか? 実は図鑑により表現が違うのです。 図鑑*2では「鈍頭」と書いてあります。 先端は丸っこいということですね。 しかし図鑑*3では「鋭頭」、つまり先端は尖っていると書いてあるのです。 図鑑により表現が異なるのはどうしてでしょうか?
それは、以後の写真も少し注意して見ていただくとわかります。 実は「鋭頭」の場合と「鈍頭」の場合があるのです。 なぜ葉の形状が異なるのか、筆者にはわかりません。 想像ですが、葉が 新しい/古い と関係があるのかも知れません。 今後機会があれば、更に詳しく観察したいと思いますが、あまり重要なことではない気もします。
学名については、新しい図鑑(*1)とY-Listを参考にさせていただき、首記のとおりとしました。 この図鑑によると、「本種の分類については古くから議論があり Cleisostoma 属とされることが多いが、DNA を用いた解析の結果、Pelatantheria 属とすることが適当であることがわかった」とあります。 筆者が所有する他の図鑑(*2、*3)では、Sarcanthus scolopendrifolius Makino となっており、この学名ステイタスはシノニム(同一と見なされる種に付けられた複数ある学名のひとつ)です。
いずれの学名も Makino がついていますが、図鑑*1にはこのように書かれています。 「ムカデランは牧野富太郎がもっとも初期に発表した種のひとつである。 磯野直秀によると、ムカデランの名が最初に現れるのは小野蘭山の『紀州採薬記』(1802年)であるという」。 ムカデランの名がつけられたのは、少なくとも江戸時代以前であるということですね。
これらの植物学者や文献については、末尾に外部サイトへのリンクを示しましたので、興味がある方はご覧になってみて下さい(*7、*8)。
尚、種名の scolopendrifolia は、「ムカデ状の葉の」という意味です(*9)。
この自生地では高さ5〜6mの垂直に近い大岩の上部に着生しており、花が小さいこともあり観察はかなり困難でした。 上の写真からいかに岩壁の角度が急であるか、ご想像できると思います。 このときは同行者の人数が多かったので道具を運び込むことができ、少し高さを稼ぐことができました。 しかしそれでも足りず、接写した写真以外はかなりトリミングしています(接写の方法はのちほど)。
ムカデランの旧ページの自生地も似たような状況でしたが、自生地へのアクセスははるかに困難な場所で、筆者は高温多湿・無風状態の中で急斜面を上り下りしたためか、熱中症に近い状態になってしまいました。 更に、同行の花友さんの一人が斜面滑落してしまいました。 大きな怪我はありませんでしたが、頭を打ったので、大事を取ってそのまま病院にいくという事態になりました(幸い軽症で済みました)。
このような経験から、ムカデランは人が容易には近づけない場所に生えるのだろうと、ずっと思っていました。 人が寄り付かないような山奥の岩場に、しがみつくようにして、まばらに生えるのがムカデランなのだ... と思っていたら、西の方に行けばそうでもない場所も珍しくはないとわかりました。 それについては、後で述べます。
茎の所々から気根(着生根)を出して、岩の表面や樹皮に張り付きます。 気根の根冠(根の先端に存在し、根端分裂組織を覆っている多細胞層の柔組織)が樹皮や岩などの支持体に触れると、その面に根毛が発達し、支持体の凸凹の中に入り込むことによって付着します。 写真#6では、いくつかの気根を赤矢印で示しています。 気根は、茎や葉より少し白っぽく見えます。 尚、ムカデランの茎は、偽球茎を作りません(*2)。
写真#7はムカデランの花です。 茎に対生して短かい花柄を側生し、直径8mmほどの淡紅色の小さな花を1つだけつけます。
淡い桃色の萼片、白色だが側裂片に淡黄色の部分がある唇弁、そしてやや濃い桃色の蕊柱と、なかなか色彩豊かで美しい花でもあります。 ムカデランという少し恐ろしげな名前のに反してかなり魅力的な花であることは、その小ささゆえ、かなり近づいて観察しないとわからないのです。
背萼片と側萼片は楕円形で長さ2mm、幅1.5mm、鈍頭で基部がすこし合着します。 側花弁は萼片と同形ですが、やや短い。
唇弁は白色、舟形で、基部は凹入して胞状の距となります(距は次の写真で見えます)。 先端は3裂して、側裂片は耳状で先端部が淡黄色になり、中裂片は3角状卵形で、白色、鈍頭です。 蕊柱は萼片などと比較して短いです(*2)。
花を側面から見ると、唇弁がなかなか複雑な形状をしていることがわかります。 ぽっこりと膨らんだ距も見えます。 花柄の長さは2〜3mmです。
蛇足ですが、写真#1,3,6〜9 は、HiroKenのカメラを持って花友さんが岩上に登り、代わりに撮影してくれたものです。 筆者のKenも意を決して岩の裏から回り込んで登り、花を近くで撮影しようとしたのですが、花友さん全員から引き止められました。 きっと「落ちてケガでもされたら、運び出すのが大変だ」と思われたのでしょう。
さて、そろそろ終わりにしようと思います。 上の方に「人里離れた険しい場所に咲くと思っていたが、西に行けばそうでもない」と書きました。 それを示す一例が、花友さんが撮影された写真#10と#11です。
民家の柿の木についたムカデランは、幹を完全に覆い尽くし、幹の樹皮が見えないほどです。 花もたくさん付けています。 枝には、まるで網タイツのように茎を這わせています。 岩にへばりついたわずかなムカデランを、これまた岩にへばりつくようにして撮影した身には、本当に信じられないような光景です。
2枚の写真はもちろん撮影者の花友さんの承諾を得て掲載していますが、自分の写真ではないので、少々目障りなウォーターマーク付きにしたことをご容赦下さい。
< 引用・参考文献、及び外部サイト >
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http://www.bun-ichi.co.jp//tabid/57/pdid/978-4-8299-8117-7/catid/1/Default.aspx
文一総合出版 2015年5月1日 初版第1刷 p.119
*2 日本の野生植物 草本 1 単子葉類
平凡社 1982年1月20日 初版第1刷 p.234
*3 牧野 新日本植物圖鑑
北隆館 1961年6月30日 初版 p.903
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2010.08.07 掲載
2021.06.22 全面改訂