亜寒帯〜亜熱帯の様々な植生の、様々な環境に生育する、多年草です(*1,*3)。
図鑑によっては「常緑広葉樹林下にはえる」などと表現している場合がありますが
(*2)、経験上、常緑広葉樹林下に限らず、様々な環境で見ることができたので、上記の表現としました。
様々な環境で見たといっても、花の時期を外してしまっていたことがほどんどでした。 このときは、運良く見頃の花に出会えることができました。「深山」と名につきますが、むしろ標高の低い場所でよく見られます。
茎は旬飼して先は斜上し、開花時の高さは、12〜25cmです。 花期は8〜9月。
北海道中部〜九州・奄美大島まで分布します(*2)。
花は花茎の上部に、7〜15花ほどが穂状に一方に偏って咲きます。 上の写真の株は、7花つけています。 花色は白色で、一部にほんのりと、淡い桃色が入ります(「淡紅色を帯びる」などという表現はあえて避けました)。 花の長さは、約1cmほどです(*1)。
この株の花は見頃の状態でした。 花は花序の下から上に咲き上がりますが、一番下の花はまだまだフレッシュ! 一番上の花も開花直後で初々しい。 左右に広げた側萼片が、空を飛ぶ鶏の翼のようです。 側花弁の先端に茶色っぽく丸い班があるのが特徴です。 2つ並んで、まるで目のように見えます。
その側花弁先端の班を見ていて、気づいたことがあります。 一番上の若い花の班は、やや緑色がかっているのです。 上から2〜4番めの花の班は茶色がかり、下部の3花は更に色が濃くなり、やや赤みがかっているように見えます。 微妙な差ですが、側花弁の班の色は、花が古くなるにつれ色が変わるようです。
花茎や、この後説明する苞、花柄子房、背萼片の外面、側萼片の外面には、綿毛が生えています(*2,*3)。 花茎が緑色を帯びた粉白色に見えるのは、この綿毛の影響もありそうです。 萼片にまばらに生えた毛をよく見ると、先端が丸くなっているように見え、綿毛というより腺毛のように見えました。
写真#4の①は、背萼片で、甲形で花の上部にあります。 全体にごく淡い桃色を帯びています。 ②は側花弁は白色で、背萼片よりわずかに長いですがほぼ同長、先端部の内面に褐色で楕円形の班があります。 この斑紋がとても特徴的です。
①背萼片は、②側花弁と密着し、花の奥にある蕊柱の上面と側面を覆います。 蕊柱を包み込んで守るかのようです。 背萼片と側花弁の境界部はわかりにくいのですが、よく見るとわずかに色が違うのでわかります。 上の写真の右下の花に注目すると、薄く色がついた背萼片と白色の側花弁の境界部がわかるかと思います。
筆者の私見ですが、ミヤマウズラの背萼片と側花弁は、密着というより、組織的に融合して合着していると考えています。 しかし萼片と花弁が合着するなんて、本当にあるのでしょうか? このことは、最後に証拠写真を示して説明します。
②側花弁の先端付近の内面には、淡褐色の班があります。
③側萼片は、狭卵形〜広披針形で、先端は尖らず、横に開きます。 近縁種で名前も似ているヒメミヤマウズラの側萼片はこのように大きく開かないので、識別の重要なポイントになります。
ミヤマウズラの側萼片は白色ですが、中ほどから先端にかけて、背萼片と同じように淡い桃色を帯びます。 この主張しすぎない、控えめな色使いには、とても好感が持て、美しいと感じます。 側萼片の中央には、縦に薄い筋が入っています。
④は唇弁です。 先端の内面に、側花弁の斑紋と似た色調の班があります。 内面には、2本の縦の隆起があります。 唇弁基部は、下から見ると丸みを帯びて膨らんだ形状。
さてここから先に困った問題があったのです。 図鑑や、ネット上の多くのサイトには、「よく似たヒメミヤマウズラは、唇弁の内側に毛がないことで区別できる」と書かれています。 これはつまり、「ミヤマウズラの唇弁の内側には毛が生えている」ことになります。 しかし、撮影した写真をいくら見ても、唇弁内側の毛が見えないのです。 自分が撮影した花では、唇弁の内側に毛はないように見えるのです。
所有するいくつかの図鑑には、唇弁内側の毛が確認できる写真はありませんでした。 いずれの写真も小さく、花のアップの写真でも、細かな部分はわかりません。
そこでネット上に掲載されている写真を探して片っ端から見てみましたが、やはり毛がわかる写真はない、ない、ない... 見つかりません。 図鑑のように「唇弁内面に毛がある」と書かれたページでさえ、毛がわかる写真が掲載されていないのです。 そのことに対して、疑問を呈しているページもありません。
もしかすると図鑑が間違っていて、実は毛などないのでは? と思い始めた頃、少し検索の方法を変えて探してみたら、見つかった!😀 徳島県の滝・風景や野草を紹介されている「徳島の滝・風景写真のページ」というホームページの、ミヤマウズラのページの一番下に、唇弁を取り外した写真が掲載されていました。 確かに、唇弁の内側に毛はありました。
そのホームページの筆者の方も、唇弁の毛について疑問を感じ、ミヤマウズラが絶滅危惧ではないことを確認の上、花を分解して観察されたのです。 ここまでやっていただいたお陰で、本当に毛があることを確認できました。 ありがとうございます。
毛がある部分は、唇弁の基部の部分に限られ、外部からは見ることができない位置です。 花を取り、唇弁を剥がして観察しないと見えないのです。 図鑑の解説にはそのようなことは書いてありません。 これは問題だと思います。 一言「唇弁基部の内面に」とか、「外からは見えない位置に」とか書いてくれればいいのに、あたかも簡単に毛が見えて、ヒメミヤマウズラと区別できるかのように書くのは、図鑑の解説としては手を抜きすぎで、非常に不親切です。 初心者の方や、筆者のような素人は惑わされてしまいます。 このように解説した図鑑は、改善してほしいです。
ミヤマウズラを観察される方にお願いです。 唇弁の毛以外にもヒメミヤマウズラと区別できる点はあるので、むやみに花を壊さないでくださいね。 お願いします。
写真#5では、ミヤマウズラの花の美しい横顔をお楽しみ下さい。
①は、苞です。 披針形で、長さは花柄子房と同長か、やや短い。 花茎と同様、綿毛が密生しています。
②は、花柄子房です(ラン科植物の一部は、花柄と子房の境界部が曖昧な種がありその場合このように呼びます)。 同じく、綿毛が密生しています。 花柄子房の「ねじれ」は... 無いように見えます。 ミヤマウズラは、花柄子房をねじらせることなく唇弁を下側にする、「ストレート・唇弁下側タイプ」です。
この森は、とても植生が豊かに見えました。 上の写真にもたくさんの植物たちが写り込んでいます。 カンアオイの仲間と思われる葉もあります。 地面は湿った苔で覆われていました。 こんな環境が好きなのかも知れませんが、かなり違った環境でも見られるので、環境への適応能力は高いのかも知れません。
写真#1〜#6の花は、このお山の中腹で見つけた株です。 そこから少し登ると開花が始まったばかりの株に出会えました。 写真#8の株は8個の花をつけており、下部の2花が開花していました。
さらに登ると、開花が始まる直前と思われる株が見つかりました。 わずかな標高の差で、けっこう開花状況が変わるものです。 写真#7,8では茎の中ほどの小さな葉が見えます。 また葉の模様も変異が大きいようです。
ミヤマウズラの葉には葉脈に沿って網目状に白っぽい斑紋が入り、これをウズラの羽の模様にたとえたことが、名の由来のと言われています。 葉の模様は変化に富み、斑紋が目立たない個体もあります。 このページの写真の葉の模様は、あくまでも一例と思ってください。
葉は常緑で、葉身の長さは2〜4cm、幅は1〜2.5cm。 形状は卵形で、茎の下部に数個をつけます(*1)。 形状を「ふつう広卵形であるが、南の方では披針形になる傾向があり、鋭頭」としている図鑑もあります(*2)。
この葉の色を「暗緑色」と表現している図鑑もあれば(*3)、「青緑色」と表現している図鑑もありました(*1)。 青緑色? そうなのかなあ?と思って色彩辞典などを調べてみたら、「格調のある青緑色」と名付けられた色が、近い感じがしました。 コンピューターではカラーコード HTML COLOR(HEX)で#005555です。
その色で■を背景を白くして表示させるとこうなります。
■■■■■■■■■■■■■■■■■
けっこう近くないですか? もちろん、個体により色は変化があるでしょうが、「青緑色」という表現はまったくおかしくないとわかりました。
結局、密着なのか、合着なのか?
写真#4の背萼片と側花弁の説明で、この2種類の器官が密着しているように見えるが、実は合着しているのではないか? と書きました。 その根拠を説明しますので、まずは次の写真をご覧ください。 尚、以下の推論は素人の筆者の個人の見解であり
いかなる学術的な裏付けもないことをお断りしておきます。
#12は、約9年前の2010年の10月に茨城県で見ることができた、ミヤマウズラです。 花期はとっくに過ぎ、花は枯れ枯れ、結実した花柄子房が膨らんでいました。
花の見頃の時期ではなくとも、いろいろな状態の植物を見たいと思っているので、撮影したものです。
枯れ枯れになったミヤマウズラの花序を拡大したのが、写真#13です。 赤い矢印は背萼片、青い矢印は側花弁を指しています(判別できない状態の花は矢印を振っていません)。
上部の3花を見ると、この状態まで枯れて、各部の変形も著しい花でも、まだ背萼片と側花弁はくっついています。 花がフレッシュなときに、単純に密着していただけであれば、枯れ始めたときには、すぐに離れてしまうはずです。 そうはなっていないということは、背萼片はと側花弁は単に接しているのではなく、境界面で細胞組織の融合(=合着)が起きていると考えると、筋が通ります。
それでは、背萼片と側花弁は、細胞レベルで融合し、あたかも一つの器官になっているのでしょうか? それも、否です。 上の写真の一番下の花にご注目。 背萼片と側花弁が離れています。 背萼片と側花弁が離れた状態のミヤマウズラの花は、後にも先にもこの花だけしか見たことがありません。
花序の一番下の花は、一番先に咲いたので、枯れるのも一番早い。 つまり最も古い花になります。 大きく変形し、正に終わろうとするときに、背萼片と側花弁は離れました。 つまり、その役割を終えたということです。 役割とは、次の世代、子孫を残すための仕事です。
この花の背萼片と側花弁は、肩を組むように協力して、子孫を残すために重要な器官である、蕊柱や柱頭を守るという重要な仕事を担いました。 そして見事受粉が成功し、大きく膨らんだ子房の中では、子孫となる種子が育ち始めています。 こうなれば、もう大丈夫。 役割を果たした背萼片と側花弁はお互いに離れ、この後は朽ちるのみです。
以上、素人の筆者の勝手な推論でありますが、結論を述べるなら、背萼片と側花弁はその接触面で細胞レベルの融合をした「合着」状態であるものの、それは一つの器官として扱われるほど強いものではなく、花が終わりそれぞれが変形・収縮する過程で合着は解除され、離れていくのだと考えます。 つまり「ゆるい合着が起きている」が結論です。
シュスラン属の背萼片と側花弁の合着については、ベニシュスランのページでも推論を展開し、植物学者の末次健二さんのご意見もいただいています。 興味がある方は、ご参照ください。
写真#14のミヤマウズラは、果実期に入っています。 花は完全に収縮し褐色となり、元の花の名残もありません。 しかし子房は大きく膨らんで、次世代を担う子孫たちが育ち始めていることがわかります。 このような植物がいつまでも見られることを、願わずにはいられません。
< 引用・参考文献、及び外部サイト >
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http://www.bun-ichi.co.jp//tabid/57/pdid/978-4-8299-8117-7/catid/1/Default.aspx
文一総合出版 2015年5月1日 初版第1刷 p.46
http://www.bun-ichi.co.jp/
*2 日本の野生植物 草本 1 単子葉類
平凡社 1982年1月20日 初版第1刷 p.213
山と渓谷社 2013年3月30日 初版第1刷 p.106
http://www.ne.jp/asahi/photo/takeno/yasou/mi/miyamauzura.html
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2019.09.01 掲載
ミヤマウズラが掲載されたページ
Dairy-Hiroダス