ハコネラン

 

箱根蘭 ラン科 コイチヨウラン属

Ephippianthus sawadanus (F.Maek.) Ohwi ex Masam. et Satomi

日本固有種  絶滅危惧Ⅱ類(Vulnerable)

#1 ハコネラン  2016.06.14 (A) alt≒1000m
#1 ハコネラン  2016.06.14 (A) alt≒1000m

 

 本州(埼玉県、神奈川県、静岡県、奈良県)の冷温帯の林床に生育する多年草です(*1,*2)。 冷温帯といえばブナ林が特有な森林帯名であり、「ブナ林に生える」とする図鑑もあります(*1,*3)。 しかしブナ林以外の場所でも生育することがあるようです。 写真#1と#2の株は、標高約1000mの暖温帯の雑木林で見ることができたものです(以後この場所を(A)とし、標高約1500mの場所(B)とします。(A)と(B)は直線距離で約15km離れています)。

 

 ハコネランの和名は、発見地である神奈川県の箱根山に由来するそうです。

 

#2 ハコネラン  2016.06.14 (A)
#2 ハコネラン  2016.06.14 (A)

 

 草丈は10cm前後で、地表近くに葉を1個つけます。 茎は細く、全体に繊細で、花茎の先端に淡緑色で直径1cm弱の花を3〜4個つけます(*2)。 大きさや草姿は、同じ属のコイチヨウランに似ていると言われます。 コイチヨウランの写真を次に載せます。

 

#3 コイチヨウラン (小一葉蘭)  野反湖 2016.07.31
#3 コイチヨウラン (小一葉蘭)  野反湖 2016.07.31

 

 写真#2と#3を見比べて、どうでしょうか? 「似た花」と言えるとは思いますが、細かく見ていくと、かなり違っていることがわかります。

 

#4 ハコネランの花の正面 (B)
#4 ハコネランの花の正面 (B)
#5 コイチヨウランの花の正面
#5 コイチヨウランの花の正面

 

 写真#4と#5は、それぞれハコネランとコイチヨウランの花の正面です。 ハコネランは全体に淡緑色で、コイチヨウランは淡緑色に部分的に淡い褐色を帯びます。萼片の長さは約4mm。

 

 最も顕著な相違点は、ハコネランの唇弁の左右の縁に不揃いな鋸歯があることです。 この鋸歯はコイチヨウランの唇弁にはないので、重要な識別ポイントです。

 

 ハコネランの唇弁の先は細らず、むしろ扁平で、中心長手方向に淡い褐色の斑紋があります。 コイチヨウランの唇弁は長楕円形で先端はやや細くなり、紅紫色の斑紋があります。

 

 花期については図鑑により異なり、7〜8月(*1)、6月(*2)、6〜7月(*3)となっていました。 筆者が見た場所では6月初旬〜7月中旬頃でした。 同様にコイチヨウランは図鑑では7〜8月(*1、*3)で、これは筆者の観察時期と合っています。 ハコネランはコイチヨウランよりも低い標高に咲きます。

 

#6 唇弁の鋸歯が浅い花 (B) 2016.07.02
#6 唇弁の鋸歯が浅い花 (B) 2016.07.02
#7 唇弁の鋸歯が深い花 (B) 2016.07.02
#7 唇弁の鋸歯が深い花 (B) 2016.07.02

 

 前述のように唇弁の左右に鋸歯があることが特徴ですが、花により個性があります。 #6のように鋸歯が浅く目立たないものと、#7のように深く、目立つものがあります。 唇弁中央の淡褐色の斑紋も、その色の濃さや大きさに個体差があります。 開花してからの時間により変化する可能性もあります。 野山に自然に咲く花は、とにかく個性豊かです。

 

#8 ハコネランの花の側面 (B)
#8 ハコネランの花の側面 (B)
#9 コイチヨウランの花の側面
#9 コイチヨウランの花の側面

 

 写真#8と#9は、それぞれハコネランとコイチヨウランの花の側面です。 ハコネランの唇弁の先端は後方に反り返り気味になるのに対し、コイチヨウランの唇弁の先端は真っ直ぐか、やや前方に突き出し気味になる点が異なります。

 

 以上のように細かく見ると相違点はたくさんあります。 その他、ハコネランには「蕊柱の両わきに付属的な突起がある」(*2)そうですが、それを示せる写真は撮れていませんでした。

 

 上の写真ではよく見えませんが、両種とも花柄に180°のねじれがあり、唇弁を下側につけています。 ハコネランは、標準タイプのランです。

 

#10 ハコネランの葉  左(B) 2016.07.02  右(A) 2016.06.14
#10 ハコネランの葉  左(B) 2016.07.02  右(A) 2016.06.14

 

 ハコネランは茎の地面近くに1個だけ葉をつけます。 葉は多少厚く、卵形〜長楕円形で、基部がやや鋭形となり、長さは約2cm、柄があります(*1,*2、*3)

 

 #10は、(A)と(B)の自生地の葉の形状の比較です。 倍率を揃えていないので大きさの比較はできません。 (B)の方がより長い長楕円形でした。 葉の形状にも、個性があります。

 

#11 ハコネランの葉の柄  (B) 2016.06.14
#11 ハコネランの葉の柄  (B) 2016.06.14

 

 葉の基部は、通常、落ち葉などに埋もれてよく見えないことが多いのですが、葉には柄があります。 #11では柄が見えている3箇所を矢印で示しています。

 

 最後に自生地(B)の花の写真を2枚見て終わろうと思います。

 

#12 自生地(B)のハコネラン  2016.07.02
#12 自生地(B)のハコネラン  2016.07.02

 

 実は温暖帯に属する自生地(A)では、2018年には、状態の悪化が見られました。 非常に小さなスポット的な小さな自生地でしたが、もう長くは持たないだろうと感じました。 やはり本来の自生環境とあまりにかけ離れていたので、生き続けることができなかったのかも知れません。

 

 一方、本来の生息環境と思われる自生地(B)では、元気に花を咲かせていました。

上の写真のように、健全な姿を見ることができました(長年観察していたわけではありませんが)。

 

#13 7花をつけたハコネラン  (B) 2016.07.02
#13 7花をつけたハコネラン  (B) 2016.07.02

 

 図鑑では、ハコネランは3〜4個の花をつけるとあります(*2)。 しかし上の写真の株は7個の花をつけていました。 多くの花をつけるということは、植物にとって好ましい環境であることの証と思います。 ハコネランが生育する場所は限られているので、いつまでもここの環境が維持されることを願わずにはいられません。

 

 最後に自生地(A)の情報を提供下さいました、神奈川県のSさんに改めて御礼申し上げます。 ありがとうございました。

 

 

2020.08.06 掲載

 

< 引用・参考文献、及び外部サイト >

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*1 山渓ハンディ図鑑2 山に咲く花  山と渓谷社 2013年3月30日 初版第1刷 p.102

 

*2 日本絶滅危惧植物図鑑 レッドデータプランツ

   宝島社 1994年3月20日 第1刷発行 p.94

 

*3 日本の野生植物 草本 1 単子葉類

   平凡社 1982年1月20日 初版第1刷 p.201

  

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