葉緑素を持たず、光合成を行わない、完全な菌従属栄養植物です。 菌類に寄生し、その養分を略奪して生きるという特殊な生活様式を獲得した植物です。 このことは同属のアオテンマのこの項に少し詳しく書いたので、よろしければご覧下さい。
温暖帯の常緑広葉樹林や、スギやヒノキ植林の林床に生えます。 開花時の高さは10〜60cm(*1)。 写真#1の個体は、高さ15cmほどでした。 茎は肌色を思わせる淡褐色です。 茎はとても細長く、全体として弱々しい印象で、これが和名の由来でもあります。 天麻は、オニノヤガラの菌根を干した漢方薬の名前です(*3)。小種名の gracilis は「か細い」の意味です(*1)。
分布域は本州の千葉県・伊豆諸島・静岡県、広島県、及び、四国・九州とされていますが、近年神奈川県でも自生地が報告されています(*4,*5)。 オランダの植物学者のBlumeが1856年に記載してから、1965年に静岡県掛川市で生育しているものが発見されるまで、百年以上もの間発見されなかった、希少な植物です。 環境省は絶滅危惧植物ⅠB類(ⅠA類ほどではないが近い将来における絶滅の危険性が高い種)に指定しています。
自生地が非常に限定される・数が少ない・目立たない・地上部の存在期間が短い、などの理由で、発見できる機会は極めて限られます。 詳細な情報を持ち合わせていなければ、見ることは困難でしょう。 もし偶然に見つけられたのなら、かなりの強運の持ち主であるといえます。 私たちも自分で探し当てたのではなく、強運の持ち主のご厚意で、見ることが叶いました。 こんな植物は一生見ることはできないだろうと思っていたので、嬉しかったです。 発見者の方に感謝です。
#4は自生地の様子です。 半日陰で、地面は湿っており、苔が生えるような場所でした。 一部ピンボケですが、ナヨテンマが3株写っています。
茎頂に花を3〜20個つけます(*1)。 今回観察できた個体では、4〜5個でした。
#5は花の側面です。 花は茎の下から咲くようです。 一番下の花は終わっていますが、一番上はまだつぼみでした。 花冠の長さは約1cm。
花の外面は、白っぽい肌色といったところでしょうか。 図鑑的に表現すれば「淡褐色を帯びる」になるでしょうか。 花冠は丸みを帯び、オニノヤガラやシロテンマのような壺状とは少し異なり、カップ状/鐘状といった表現が近いかも知れません。
ところで今回ネット上の情報を調べていたところ、ナヨテンマかシロテンマか区別がつかず、悩まれているサイトがありました。 また明らかにシロテンマと思われる画像に対して、ナヨテンマであると紹介しているサイトもありました。 花色が違うので見間違えることはないと思うのですが、どちらも希少種であるが故、見たことがある人は多くはなく、また図鑑によっては種として掲載すらしていないこともあるので、悩んでしまうのかも知れません。
花を正面からよく見れば間違えることはないのですが、写真#4を見て、ナヨテンマとシロテンマの違いに気付きました。 それは花柄の長さです。 当サイトでは多くのラン科植物に見られるように、花柄と子房の境界部があいまいな場合は、それらをまとめて花柄子房と呼んでいます。 しかしオニノヤガラ属は花柄と子房の境界が明瞭であり、見分けることが可能です。 気付いたことを次に詳しく述べます。
#6はナヨテンマの開花した花において、花柄の長さを1としたときの、子房と花冠の長さの比率を示したものです。 子房の長さは約0.6で、花冠は約1.5でした。 花柄の長さは、花全体の長さの約30%であることがわかりました。
花茎と花柄のなす角度も注目です。 花冠は横向きですが、花柄はほとんど垂直で花茎に接しそうなほどで、なす角度は約5°です。 花柄と子房の境界部でほぼ90°屈曲します。 但し、茎頂にまとまって多くの花をつけているときには、これは当てはまらないかも知れません。
苞の長さにも注目です。 ナヨテンマの苞は披針形で花柄よりかなり短く、花柄の長さの1/3〜1/5程度しかありませんでした。
比較のためにシロテンマの花を#7に示します。 #6と同様、シロテンマの開花した花において、花柄の長さを1としたときの、子房と花冠の長さの比率を示したものです。 子房の長さは2で、花冠の長さは5でした(オニノヤガラも同様でした)。 花柄の長さは、花全体の長さの約13%であり、ナヨテンマの30%と比べると、半分以下の比率であり、花柄が短いことがわかります。
花茎と花柄のなす角度も約60°と、ナヨテンマより明確に大きく、花柄・子房・花冠はほぼ直線的で、花は斜め上方に向かって咲きます(花冠の開口部は横を向きます)
苞の長さは、花柄と子房を合わせた長さにほぼ等しい。 これもナヨテンマとの大きな違いです。 尚、花冠の長さは子房の長さの約2.5倍であり、これはナヨテンマ・シロテンマ・オニノヤガラに共通していました。
花柄と子房の長さの関係だけでも頭に入れておくと、ナヨテンマとシロテンマの識別の第一段階で参考になるかも知れません。
ナヨテンマ: 花柄>子房
シロテンマ: 花柄<子房
この後にも述べるように、ナヨテンマとシロテンマには他にも大きな特徴の差がありますが、花を側面から見ただけでも識別可能であることを上で述べました。 花の各部の実測値はモノサシで測れば得られますが、生きている小さな花の寸法を測定することは、なかなか難しいです。 花を採取して方眼紙の上において撮影すれば信頼性が高い寸法がわかるでしょうが、それはHiroKen花さんぽのポリシーに反するので、できません。 しかし各部の寸法の比率であれば、写真だけでもそれなりに信頼性が高い情報が得られると思います。
とはいえ、上で述べた各部の寸法比率は、素人が非常に少ない個体数を観察し、半分思いつきで調べて書いたものです。 ナヨテンマの花は茎頂にまとまってつきますが、図鑑によると最大20個ほどつくそうです。 そのように花数が多いときには、当てはまらないかも知れません。 普遍的な情報とは言えないので、あくまでもご参考に留めていただきたいと思います。
#8でナヨテンマの花の構造を示します。 正面やや左斜め上から撮影したものです。 背萼片と2個の側萼片は合着し、鐘状になっています。 背萼片と側萼片の間から、側花弁の先端が控えめに突き出します。 萼片と側花弁の形状は明確に異なり、オニノヤガラのように萼片が5裂しているようには見えません。 唇弁については、後述します。
1枚の写真ではわかりにくかったかも知れないので、もう1枚。 #9は正面斜め右やや上方から撮影したものです。 赤矢印➡は2個の側花弁。合着した背萼片と側萼片の合わせ目が、わずかに線状に見えました(青矢印➡)。 これは萼片がまだ分離していた、太古の時代の名残なのでしょうか? 接合面の組織構成がどうなっているのか詳しく調べればわかるのかも知れませんが、もちろん素人が手を出せる領域ではありません。
#10は花のほぼ正面から内部を覗いたものです。 唇弁はみかん色を帯びた三角状で、長さは約8mm(*1)です。 基部は切形で、両端は鋭角に見えます。 また唇弁の中央奥には1対の球状の隆起があります(*1)。 蕊柱の先端部の突起が見えていますが、更にその先端に小さな突起上のものが見えます。
唇弁の後に、2個ある楕円形で淡褐色の部分は何でしょう? よくわかりませんでした。 ご存知の方は、ぜひ下のメールフォームからご教示下さい。
ナヨテンマの花の内部を見ていると... どうしても「サングラスをかけたちょいワル豚」がいるように見えてしまいます。 オレンジ色が強い三角形の唇弁を見ているとオニノヤガラやシロテンマとは、似ても似つかない印象です。
「待てよ、最近似た花を見たゾ!」 と気付きました。 今年(2018年)初めて見ることができた、ハルザキヤツシロランです(#11)。 ハルザキヤツシロランの唇弁は三角状で淡黄色ですが、先端部はオレンジ色を帯びていました。 唇弁基部が切形のようになっていて立ち上がっている点や、唇弁上の隆起まで似ています。 更に蕊柱先端の形状まで、よく似ているではないですか。
最新の図鑑(*1)に、ちゃんと書いてありました。 「DNA情報を使った解析の結果、ナヨテンマはオニノヤガラよりもヤツシロラン類に近縁であることがわかっている」とのことです。 花の内部はとてもよく似ている訳ですから、これは納得です。
#16はナヨテンマのつぼみです。 2016年に初めて見ることができたときは、やや花のピークを過ぎていました。 翌2017年の同じ日に訪れたら、今度はまだ花が咲いていませんでした。 なかなかベストな状態を見ることは難しいものです。
#17はナヨテンマの果実です。 2015年の花の果実であると思われますが、もちろん種子は残っていません。 鳥かごのような形状であったのか?と想像させます。
< 引用・参考文献、及び外部サイト >
文一総合出版 2015年5月1日 初版第1刷 p.73
*2 日本の野生植物 草本1単子葉類 平凡社 1982年1月20日 初版第1刷 p.204
*3 日本の野生ラン 主婦と生活社 1996年 43刷 発行 p.126
*4 神奈川県における標本に基づいたナヨテンマの記録 田中伸幸 2013
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2018.05.18 掲載
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2020年6月14日 ナヨナヨしてまへん ナヨテンマの大群が!
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