北海道・福島・栃木・埼玉・山梨・長野県の針葉樹林の林床に生育する菌従属栄養植物。 高さ10〜20cm。 本種は花が反転せず他の多くのランと異なり、唇弁が上の位置にあるのが特徴。 花は長さ約2cm。 萼片と花弁は淡黄褐色で、下向きに開く。 唇弁は3裂し、中裂片には赤褐色の突起が多数あり目立つ。 唇弁の基部は長さ約1cmの距になっている。 花期は8〜9月。
和名は20世紀の初頭に、牧野富太郎の案内人であった神山虎吉が栃木県で最初にこの花を発見し、彼を記念して富太郎が命名した。
とうとう、この花に出会えた。 個体数が少なく「幻のラン」とも呼ばれるらしい。 こんな超稀少種は、一生見ることはできないだろうと思っていた。
ある情報を得て、8月の末に探し回ったが、どうしても見つからない。 森に向かって「おーい、トラキチ〜、どこにいるんだ〜」「トラキチくーん」本当に大きな声で呼びかけてみるが見つからない。(あたりまえだ!) ようやくそれらしきものを3株ほど見つけたが、どれも花は完全に終ってしまっていた。 場所がわかっただけでも幸運なのだが、やはり花が見られなかったのでガックリだった。
諦めきれず、今回別の場所を探索することにした。 ワッセワッセと汗をダラダラかいて山を登る。 怪しそうな場所では「分速10メートル」位に歩を緩めて、目を皿のようにして周辺を探す。 ある場所で誰かが斜面を上がったような足跡を見つけた。 こりゃ、怪しい! しかし、しゃがんで地面をよく見ると、人の足跡ではなくイノシシの足跡だとわかった。 ここはケモノ道のようだ。 ...で、立ち上がってふと目の前の岩に目をやると...トラキチランがいた!! イヤッホ〜!見つけたぁ〜!
感激の初対面である! 不思議な花だ。 花が逆さまなのだ。 他のランと異なり、唇弁が上側についている。 花の形や色には、すべてそうなった理由があるはずなのだが、トラキチランはなぜ多くの他の仲間と違った花のつけ方をすることにしたのかな? 花は植物の生殖器。 子孫を残すためのとても大切な器官だ。 それを、逆さまにしてしまうとは... 撮影しながら何度も問いかけてみたが、答えてくれなかった。
2010.09.18掲載
とても特徴のある花なのに、詳細な説明をしていませんでした。 上の説明(黄文字の部分)だけではわかりにくかったと感じ、もう少し詳しい説明を追加することにしました。 多少重複する部分がありますがご了承下さい。 写真の撮影日・場所はすべて上と同じです。
花柄子房(下の写真参照)がねじれず唇弁が花の上側にある「ストレート・唇弁上側タイプ」で、多くのランと比べると花が逆さまになっていることが本種の最大の特徴です。
唇弁は白く、側花弁と同長で、3裂します。 中裂片は中央部が凹んだ鈍頭の二等辺三角形に近い形で、紅紫色の微突起と斑点が並んでいます。 縁はわずかに波打ちます。 2個の側裂片はずっと小さく、唇弁基部にあり卵形です。
唇弁以外の花被片は微褐色を帯びます。 側萼片は線形、長さ12〜14mmで、やや垂れ下がるようになります。 背萼片・側花弁は披針形で花の下部で下垂し、わずかに前方に湾曲します。 側花弁は背萼片よりわずかに短い。 多くのランの花では背萼片は花の真上にありますが、花が逆さまのトラキチランでは真下に来ます。
花が逆さまと書きましたが、もしかするとこれがラン科の花が生まれたときの本来の姿なのかも知れません。 進化の過程で多くのランは花柄子房をねじり唇弁を下側に持って来ましたが、それらの方が逆さまであるのかも知れません。
蕊柱は薄いクリーム色で短いです。 先端に小さく白っぽく見えるのは花粉塊です。 これは推測ですが、この花のポリネーター(送粉者となる昆虫)は、唇弁の微突起に足をかけながら、逆さまになって花の奥の密に向かうのではないでしょうか? そのとき背中に花粉塊がつくのでしょう。 そして他の花に行き同じことをしたときに、背中の花粉塊が柱頭につくのだと思います。 その柱頭は、とても幅が広いものです。
トラキチランの花の横顔です。 注目の花柄・子房は、ねじれていないのが明白です。 紫色を帯びた縦線が見えます。 距は太い楕円形で直立し、中央より先がやや前方に曲がります。 図鑑には「距は唇弁よりわずかに短い」とありましたが、実際には唇弁よりわずかに長く見えました。 距にもうっすらと紅紫色の条が見えます。 唇弁の中裂片は、横から見ると表面に微突起が多数あるのがよくわかります。
「タコ」とか「幽霊」などと例えられることもあるトラキチランですが、よく観察すると素晴らしい曲線美で構成された、美しい花に見えてきます。
2012.10.22 写真3枚と説明文を追加
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他のラン科トラキチラン属の植物
あひる (木曜日, 25 10月 2012 10:31)
とても専門的で詳しい説明ですね。勉強になります。
名前のステキな、形もひょうきんなトラキチラン。
好みです(笑)
ランの花の原形かもですか!ユニークなわけですね。
なるほど「タコ」
でも、トラキチならば、迷わず「イカ」と答えるでしょう。
大阪で阪神といえばタイガースだけでなく、阪神百貨店のことを指します。
で、そこの名物が、イカ焼きなんです!
庶民の味方。いつも行列が絶えません(^◇^)
hanasanpo (木曜日, 25 10月 2012 21:47)
あひるさん、こんばんは〜
ラン科の花はとても多様性に富んで、形も様々。 魅力たっぷりで大好きなのですが、形が複雑過ぎて、何がなにやらわからなくなることも。 図鑑やネットで調べても、解説と写真の対応が難しいことが少なくありません。
花に興味を持ち始めた頃の方は、きっとこの辺でつまずくのではないでしょうか?
(自分だってまだつまずいてるし!)
写真の中に部位の名称を書き込むのが一番!ということで頑張ってみました。
阪神百貨店のイカ焼き、美味しいのでしょうね! 食べた〜い!!
ゆき (月曜日, 13 4月 2015 20:14)
こんばんは、hanasanpoさん、超稀少種のアオキラン、タシロラン、トラキチラン、写真に、見いって、しまいました、唇弁の部分が、カモメらんのように、美しくて、全体的に、透き通るクリスタル細工のような、幻想的な、姿ですね、探すのに、大変な、美しくラン、写真ありがとうございます♪見つけたときの感激も、伝わりました。嬉しいです。
hanasanpo (火曜日, 14 4月 2015 14:03)
ゆきさん、コメントをありがとうございます。
菌従属栄養植物(腐生)のランは、通常のランにはない、独特な魅力があります。
そのことに気づいて下さって、嬉しいです。
いつまでも彼らが生きられる環境が残されることを祈ります。
薫る風 (金曜日, 28 8月 2015 11:47)
私も一度トラキチさんにお会いしたいものです。
小さくてみつけられないけど、南アルプスや八ヶ岳の林にはそれなりにひそかに生きているものなんでしょうか?
私のような高山植物大好きで、山に登る者ですけど、みつけることはできるんでしょうか?
部位の名称まで細かく入れてくださっているので、初心者の私には本当にありがたいです。
HiroKen (金曜日, 28 8月 2015 21:01)
虎ちゃんの咲く場所は、かなり限定されるようです。
牧野先生が1902年に発見・命名してから、なんと50年間も再発見されなかったそうです。まさに「幻のラン」ですね。
もしお山で偶然出会えたなら、宝くじに当たったようなものかも知れません。
原始のランの姿を想起させるうような、唇弁を上につける、貴重なランです。
宇治のヒカルゲンジ (月曜日, 05 8月 2019 11:21)
花の構造の写真で、苞と子房の間の花柄の途中についている葉のようなものは何なのでしょうか?サギソウにも同じようなものがあって色々調べていてこの頁にたどり着きました。
Hiroken (月曜日, 05 8月 2019 13:24)
宇治のヒカルゲンジさん、コメントをありがとうございます。
ご質問をいただき、このページに掲載していない分も含めてトラキチランの写真を調べてみましたが、花柄の途中から何かが生えていると認められるものはありませんでした。
上にある花の側面を説明した写真では、確かに、花柄から上方向に何かが生えているように見えます。 しかしこれは上に咲くの花の萼片の一部がたまたま写り込み、あたかも花柄から何かが生えているかのように見えるものです。 誤解を与えやすいので、この後、写真になんらかの説明を加えようと思います。 有益なご指摘をありがとうございました。
ラン科植物の「花柄の途中から」何かが生えるということは考えにくいので、観察されたサギソウも、何か別のものがたまたま写り込んだ可能性があるのでは?と思いました。 その写真を見ていないのであくまでも想像ですが、今一度そのような観点で見直されてみてはいかがでしょう。
今回はリンクを貼っていただいたので、Facebookのページを拝見しました。今後参考にさせていただきたいと思います。
HiroKen (月曜日, 05 8月 2019 13:45)
「別の花の萼片→」という説明を加えたのですが、煩雑になる気がしたので、余計な萼片を画像処理で消去しました。