日当たりのよい湿原に生える多年草です。 茎は高さ40~60cmになります。 葉は茎の下半部に数枚あり、線形で長さ10〜20cm、幅3〜6mm、先端はしだいに細くなってとがり、基部は鞘となり茎を抱きます。 また上部に数個の鱗片葉がつきます(*1、*2,*3)。 今回は残念ながら、葉の様子がわかる写真が撮れませんでした。
北海道と、本州の関東地方以北に分布するとされていますが、北海道は記録はあるものの確かなことはわからないそうです(*1)。 自生地は非常に限定され、個体数も少なく、見つけることがかなり難しい部類に入ります。 8〜9月に花序あたり5〜15花を咲かせます。
ずっと見たかった花ですが、どこに咲くものか、まったくわかりませんでした。 地道にいくつかの文献で調べ、インターネット上の情報を収集し、そして最後には、ここには書けませんが、あるツールを使って自生地をピンポイントで割り出すことができました。 行ってみたら、ドンピシャリ大当たり! 今回は花友さんに頼らずに見つけることができました。 「HiroKenの本領発揮じゃ〜!」などと叫んでみましたが、もちろんこんなことは滅多にありません。
花の径は10〜15mm(*2)。 オオミズトンボの花で一番目を引き面白いのは、なんといっても唇弁でしょう。 唇弁は3裂し、十字形になるのです。 このような変わった形状の唇弁を持つランは、近縁種のミズトンボとオゼノサワトンボ以外、知りません。
ラン科の植物は、その送粉者(花粉を運んでくれる昆虫など)と共に進化してきたので、この十字形の唇弁にも、送粉者を惹き付けるなどの役割があるのでしょう。 ミズトンボは十字形の唇弁で、どんな送粉者をおびき寄せようとしているのでしょうか?
写真#3でオオミズトンボの花の各部の名称と特徴を説明します。
①背萼片 ②側花弁 ③側萼片 ④唇弁 ⑤唇弁の側裂片 ⑥唇弁の中裂片
①背萼片:白色、卵形で長さ6〜7mm(*1、*2)。 名のとおり花の背後に立つよう
になっています。 筆者は仏像の光背を連想しました。
②側花弁:白色、半切三角形で側萼片よりすこし短い(*2)。 弧を描いて花の上部
で左右が接し、中心部を囲って守るような形状です。
③側萼片:白色、斜卵形で長さ約7mm(*2)。 左右に平開し翼のように見えます。
④唇弁:淡黃緑色、長さ約1.5cm、3裂して十字形となり、裂片は線形です。
⑤唇弁の側裂片:十字形の唇弁の左右の裂片です。 やや下垂していました。「ふつ
う歯牙がある」と図鑑にあります(*2)。 歯牙とは、辞書を見ると「牙」などと
説明していますが、ここでは要するに尖ったギザギザした部分ということです。
今回観察した花では、側萼片の歯牙はほとんど目立ちませんでした。
⑥唇弁の中裂片:十字形の唇弁の下の部分の裂片で、全縁です。 全縁とは、縁にギ
ザギザした部分がまったくないということです。
花は、全体に無毛です。 唇弁以外の花被片が白色であることは、ミズトンボと異なる特徴です。
写真#4で花の中心部を見ます。
①距の入口 ②葯 ③粘着体 ④側花弁基部の突起 ⑤柱頭
①距の入口:本種の距は、唇弁の基部から後方に長く下垂します。 その距の入口が
花の中心にあります。 この入口のずっと奥、距の先端付近に、送粉者が欲しい蜜
があります。 距については、写真#5と#7でも説明します。
②葯:淡褐色に見えます。 左右に1個づつあります。 中に花粉塊が収められていま
す。 花粉塊の保管庫のような役割があります。
③粘着体:白色の小さな球状の器官で、とても粘着力が強い。 正面からは見えにく
いので、写真#6で詳細を説明します。
④側花弁基部の突起:側花弁基部、柱頭の両脇に位置した、鋭頭の小さな突起です。
ミズトンボにはこのような鋭頭の突起はありませんでした。 オゼノサワトンボで
は、同様な突起が認められましたが、短く本種のように目立ちません。
⑤柱頭:蕊柱の雌しべに相当する器官で、ここに花粉がつくと受粉します。
写真#5で花を側面から見てみます。
①背萼片 ②側花弁 ③側萼片 ④唇弁 ⑤距 ⑥距の先端 ⑦花柄子房
①背萼片:正面からは側花弁と重なり見えにくかったと思います。 やはり仏像の光
背のように見えます。
②側花弁:左右から花の中心部をガードしているかのような形状です。
③側萼片:軽く肘を曲げて両腕を広げたような形状です。
④唇弁:中裂片は緩く弧を描いて反曲しますが、先端部はわずかに前方に曲がってい
ました。
⑤距:基部は白色で、先端に向かい徐々に淡黃緑色になります。 長さは25〜30mm
で(*2)唇弁より長く、唇弁より短いミズトンボとの識別ポイントになります。
⑥距の先端:写真があまりにピンボケなので、念の為図示しました。 距について
は、写真#7もご覧ください。
⑦花柄子房:ミズトンボと同様、縦に筋が入ります。 ねじれはないようです。 本
種は花柄子房をねじらずに唇弁を下側につける、「ストレート・唇弁下側タイプ」
です。
写真#6で側面から花の中心部を見ます。
①粘着体 ②支持体 ③糸状付属体 ④葯 ⑤柱頭 ⑥唇弁の基部
①粘着体は、とても強い粘着性を持っています。 花に訪れた昆虫に花粉を運ばせるための仕掛けです。 説明のため、2個ある粘着体のうち手前の粘着体と③糸状付属体を黄色く着色しました。
送粉者に接触しやすくするため、粘着体は突き出した②支持体の先端についています。 送粉者の昆虫が花に訪れると、粘着体が胸か腹にくっつきます。 昆虫が花を離れようとすると、粘着体は角のような②支持体から外れ、③糸状付属体が引っ張られます。 糸状付属体は④葯の中に収められた花粉塊につながっているので、花粉魁は葯から引っ張り出され、そのまま糸状付属体にぶら下がって昆虫に運ばれます。
花粉塊をぶら下げた昆虫が他の花を訪れると、ぶら下がった花粉塊が⑤柱頭に触れ、花粉魁が柱頭にくっつき、受粉が行われるのです。 昆虫はあちこちの花を飛び回りながら、知らずのうちに「花粉の運び屋」として使われているのです。
以上は近縁種のミズトンボのページでも写真を用いて説明しているので、興味がある方は覗いてみて下さい。
写真#5で距の先端がピンボケで見えにくかったので、写真#7で改めて示します。 距は基部から中部にかけてやや細くなりますが、中部から先端に向かい徐々に太くなります。 ただし、ミズトンボのように先端部が大きく膨らむことはなく、中部より少し太くなる程度です。 この部分は送粉者が欲しがる蜜がつまった、蜜壺となっています。
前述のように距は唇弁より長いです(ミズトンボは唇弁の方が長い)。 長さについては図鑑により少し異なり、2.5〜3cm(*2)、3〜4cm(*3)となっていました。ちなみにミズトンボの距は1.5cmです。
オオミズトンボの送粉者は、どんな昆虫でしょうか? 筆者の想像ですが、花が白いことから、夜に活動する昆虫ではないかと思います。 暗い中では白い花は見つけやすいでしょう。 そして、長い距の先端に溜まった蜜を吸うためには、長い口吻がないと届きません。 そうなると... スズメガの仲間かな?
とても希少な植物を見ることができました。 この植物が生きることができる環境が、いつまでも残されることを願ってやみません。
< 引用・参考文献、及び外部サイト >
文献・図鑑などの著作物や、個人・法人のWEBサイトには著作権があることをご理解の上、ご利用下さい。
http://www.bun-ichi.co.jp//tabid/57/pdid/978-4-8299-8117-7/catid/1/Default.aspx
文一総合出版 2015年5月1日 初版第1刷 p.20
http://www.bun-ichi.co.jp/
*2 日本の野生植物 草本 1 単子葉類
平凡社 1982年1月20日 初版第1刷 p.193
山と渓谷社 2013年3月30日 初版第1刷 p.121
※ 外部サイトは、それぞれの運営者の都合により、変更・削除されることがあります。
2019.10.14 掲載
ラン科 ミズトンボ属の植物