オニノヤガラの品種です。 花だけではなく、茎を含めた植物全体が緑色の個体をアオテンマと呼び、オニノヤガラの花だけ緑色になる個体とは、区別されています。
花色は独特な淡緑色で、目立ちます。 色以外の花の形や大きさはオニノヤガラと変わらず、オニノヤガラと同じ環境に生えます。 オニノヤガラの集団の中に生えることもあるそうですが、ここでは単独で生えていました。 高さは40〜100cmと図鑑にありますが、この個体は110cmほどありました。 とても長身のランです。
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花期は5〜7月。 北海道〜九州に分布。 この株は、茎頂部にはまだ蕾が残っていましたが、苞葉が茶色く変色したり、開花した花の一部が痛み始めていたので、やや見頃のピークを過ぎた感がありました。 しかし、その独特な色合いは十分観察することができました。
色以外はオニノヤガラと同じということで、詳細についてはオニノヤガラのページもご参照ください。 ただ特に重要なことは、重複を恐れずに述べておこうと思います。
完全な菌従属栄養植物です。 葉緑素を持たず、光合成の能力はありません。 根も葉もなく、地中に小さな芋のような塊茎を作り、その中に菌根菌を住まわせて、窒素やリンなどの養分の提供を受けています。
こう書くと、まるでこの植物と菌類が "Give and Take" の良好な共生関係を築いているように聞こえますが、実際はそうではありません。 アオテンマなどの菌従属栄養植物は光合成能力がないので、菌類から窒素・リンなどの栄養素を受け取る報酬として、炭素源を渡すことはできないのです。 一方的に菌から養分を受け取り、菌には何も与えない。 これは "Take and Take" の関係であり、「略奪」です。
実は寄生しているのは菌従属栄養植物で、寄生されている宿主が、菌なのです。 菌に寄生し、一方的に養分を奪い取って、自身からは何も与えない。 人間界でいえば、自らは仕事もせず、女性に働かせて、その稼ぎをかすめ取って酒やバクチに使ってしまう、ヒモ男のような存在でしょうか(ちょっと言い過ぎか)。
しかし菌は、なぜ何も見返りが無いのに、養分を提供し続けるのでしょうか? これはまだ研究段階のようですが、どうも菌に「報酬を受け取っている」と勘違いさせるシグナルを送っているようなのです。 要するに、菌は騙されているのですね。
先のヒモ男の例えでいえば、「今は仕事に恵まれていないけど、そのうち大成するから。そうしたら家を建てて、子供をたくさん作って幸せに暮らそう」などと甘い言葉をかけられ、それを信じてしまって日々仕事に精を出す、哀れな女性のようにも見えます。
アオテンマやオニノヤガラのパートナーとなる菌根菌は、種子の発芽時にはクヌギタケ菌ですが、成長期にはパートナーをナラタケ菌に乗り換えます。 ナラタケ菌は、言わずと知れた凶暴・強力な腐生菌で、朽ち果てた木などの枯死植物を分解吸収して生活するだけでなく、人知れず地下に菌糸を伸ばし、生きている植物にも寄生します。 病原性も非常に強く、農作物に「ならたけ病」と呼ばれる大きな病害を与えることが知られています。
そんな荒くれ者のナラタケを手玉に取っているのですから、アオテンマやオニノヤガラは、かなりしたたかな植物といえるでしょう。 しかし、さすがに幼少期にはこんな凶暴な菌を相手にはできず、優しいクヌギタケに育ててもらうのでしょうね。
脱線しますが、ナラタケの仲間のオニナラタケは、「世界最大の生物」と呼ばれているそうです。 ゾウやクジラなど足元にも及ばない、超巨大生物。 「なんじゃそりゃ?」と興味を持たれた方は、こちらの外部サイトを覗いてみてください。
→ 世界最大の生物「オニナラタケ」の不思議 (また戻ってきてくださいね)
さてこのアオテンマ、なんとも表現が難しい色合いなのです。 図鑑には「花色は独特な青緑色」とあるのですが、「青緑」と聞いて思い浮かべる色とは、ちょっと違う。 そこで色見本と比較して、色の名前を調べてみることにしました。 まず、上の写真の右上の花の一部を適当に選び、パソコンのカラーメーターで調べてみたら、以下の結果でした。
いくつかの画素の平均値を示しています。 色の表現としては16進数で #RGB
=#b6d1ae ●となる訳ですが、これがなんという名前の色であるのか、外部サイト「和色大辞典」で調べてみました。 このサイトには、日本の伝統色465色の色名が示されています。
その結果、ドンピシャで同じ色はなかったのですが、「裏葉柳(うらはやなぎ)
#c1d8ac ●」や、「薄萌葱(うすもえぎ)#badcad ●」あたりが近い色だと思いました。
英名ではどうなのか? 外部サイト「JIS慣用色 英名」で調べてみましたが、あまり種類がなく、一番近いと思えるのは「Apple Green #a2d29e ●」でした。
しかしこれらの色の名前は、印刷とか服飾デザイン関係の専門家の方など以外には、馴染みの薄いものでしょう。 もし「アオテンマを見たのだけど、色が裏葉柳色というか、アップルグリーンというか、とってもキレイだったよ」などと言われても、一般人はさっぱりわかりませんよね。 やはり無難に「淡緑色」とでも表現しておいた方がよいのかも知れません。
さて、図鑑には「アオテンマは、花や茎の色以外は、オニノヤガラと変わらない」とありましたが、本当でしょうか? 花のアップ写真で比べてみました(#6,#7)。
ラン科の植物の花の萼片は普通、背萼片と2個の側萼片が分かれていますが、それらが合着して壺状の形になっています。 壺状部分の下側は、縁を斜めに切ったような形で、上側は3裂します。 その内側に小さな側花弁が2個つくので、全体として5裂しているように見えます。 唇弁の縁は黄色を帯び、細かく裂けています。
以上の詳細な特徴はすべてアオテンマもオニノヤガラも同じであり、色以外の全体から受ける印象も同じです。 図鑑に書いてある通りであったと、納得しました。
「根も葉もない」と書きましたが、茎には、かつての葉の名残と思われる、鱗片があります。 この個体では、根元から花序の下まで、#8のような鱗片が5つ、ついていました。 竹の節のようにも見えますが、鱗片と鱗片の間隔は、茎の上ほど狭くなっていました。 鱗片やそのつき方も、オニノヤガラと差異がなさそうです。
今まで花さんぽで何度か出逢えたアオテンマは、いずれも時期を逃して良い状態ではありませんでした。 今回は自生地近くで偶然出会った方から、アオテンマが咲いているらしいよ、と教えていただき、出会うことができました。 十分鑑賞に耐える状態の花に出逢えて、幸運でした!
< 引用・参考文献、及び外部サイト >
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http://www.bun-ichi.co.jp//tabid/57/pdid/978-4-8299-8117-7/catid/1/Default.aspx
文一総合出版 2015年5月1日 初版第1刷 p.71
http://www.bun-ichi.co.jp/
*2 日本の野生植物 草本 1 単子葉類
平凡社 1982年1月20日 初版第1刷 p.204
*3 遊川 知久 菌従属栄養植物の系統と進化
http://bsj.or.jp/jpn/general/bsj-review/BSJ-Review5C-2.pdf
第5巻 2014年発行 BSJ-Review vol.5 C2 (2014)
*4 末次 健司、加藤 真
菌従属栄養性の生活様式を可能にした様々な適応進化 ―特に送粉様式の変化について
http://bsj.or.jp/jpn/general/bsj-review/BSJ-Review5C-3.pdf
第5巻 2014年発行 BSJ-Review vol.5 C3 (2014)
*5 ウィキペディア
オニノヤガラ https://ja.wikipedia.org/wiki/オニノヤガラ
ナラタケ https://ja.wikipedia.org/wiki/ナラタケ
http://hanasakiyama.web.fc2.com/ran/sp/Oninoyagara.htm
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2017.09.28 掲載
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