コシノコバイモ

 

越の小貝母 ユリ科 バイモ属

Fritillaria kosidzumiana Ohwi

日本固有種

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#1 コシノコバイモ (越の小貝母) ユリ科 バイモ属 2010.04.04 岐阜県
#1 コシノコバイモ (越の小貝母) ユリ科 バイモ属 2010.04.04 岐阜県

 

 福島県と北陸地方及び静岡県に分布。 山地の林下に生える多年草です(*1,*2)。

高さは10〜20cmで、3〜5月に茎頂に下向きの花を1個つけます。

 

 分布域を少し細かく書くと、福島県西部と山形県の県境を北限にして、新潟県、富山県、石川県、福井県などを主な分布域とし、越後・北陸地方の日本海側と長野県、岐阜県北部、愛知県北部、静岡県に分布するそうです(*3)。 更にネットで見つかる個人のホームページ・ブログを拝見すると、山梨県南部にも分布するようです。

 

 「越の」と名についていますが、けっこう広く分布します。 本ページの写真はすべて岐阜県と新潟県で撮影したものです。 #1の個体は、小さな川沿いのやや急な北側斜面に咲いていました。

 

#2 カタクリと咲くコシノコバイモ 2008.04.06 新潟県燕市 alt=145m付近
#2 カタクリと咲くコシノコバイモ       2008.04.06 新潟県燕市 alt=145m付近

 

 和名は越後(新潟県)のコバイモの意味です。 コバイモの仲間は地域性が強く、名前に自生する地方名を冠するものが多いです。 アワコバイモ(阿波 - 徳島県)、イズモコバイモ(出雲 - 島根県)、カイコバイモ(甲斐 - 山梨県)、トサコバイモ(土佐 - 高知県)、ミノコバイモ(美濃 - 岐阜県)などがあります。 バイモ属としては日本には8種類ほどが生育するそうです(コバイモ類のみ、クロユリ類除く *4,*6)

本種以外は、いずれも絶滅危惧植物に指定されている希少植物です。  #2の撮影地は明るい林内のやや窪地になった場所で、近くに沢などはありませんでした。

 

#3 森の中でひっそりと咲く 2008.04.06 新潟県燕市 alt=145m付近
#3 森の中でひっそりと咲く    2008.04.06 新潟県燕市 alt=145m付近

 

 地下に2個の鱗片から成る径10mmほどの鱗茎があり、そこから茎を伸ばし花を1個だけつけます(*2)。 種子が発芽しても、一気に花を咲かせられる個体に成長するわけではありません。 開花までは6〜7年を要するといわれ、それまでは毎年1枚だけ葉を出しては枯れる、この繰り返しだそうです。 長い下積み生活を乗り越えて、ようやく山野草界にデビューできるのですね。

 

 葉の下に隠れるように、うつむいた小さな花を咲かせます(#3)。 この花は奥ゆかしさや、はかなさのようなものを感じさせ、日本人の美意識に訴えてくる、不思議な魅力があります。 そのせいか地味でありながら、男女を問わずこの花のファンは多いように思います。 斯く言う筆者もその一人です。

 

#4 弾けちゃったコシノコバイモ 2011.04.11 新潟県長岡市 alt=70m
#4 弾けちゃったコシノコバイモ   2011.04.11 新潟県長岡市 alt=70m

 

 せっかく褒めたのですが、中には#4のような弾けちゃってる個体もありました。

葉をピン!と立てて花は横を向き、「私はココよ!」と強く自己主張しているようです。 奥ゆかしさは感じられません。

 

 実はこの個体、花や葉は「いつも通り」につけているのですが、なぜか茎が大きく反り返っていて、このような姿になっています。  正面からはわからないのですが。

同じように見える花でも、みんな個性があるようです。

 

#5 接するように並んで咲いたコシノコバイモ 2011.04.10 新潟県燕市
#5 接するように並んで咲いたコシノコバイモ   2011.04.10 新潟県燕市

 

 私たちが観察した場所では一人で立っていることが多く、少し密度が高い場所であっても、やや離れて並んでいることが多かったです。 人間だって、あまり近くでベタベタしたくない、適度な距離を置いて付き合いたい、ということがありますから、気持ちはわからないでもありません。 そんな中で、#5は珍しく、くっつくように咲いていた2株です。 茎もほぼ同じ場所から出ているので、もしかすると兄弟かな?

 

#6 コシノコバイモ 淡緑色の花 2010.04.04 岐阜県 alt=?
#6 コシノコバイモ 淡緑色の花   2010.04.04 岐阜県 alt=?

 

 花は広めの鐘形で、花被片は挟い楕円形で長さは15〜20mm、幅は6〜7mm。 基部付近の花被片は横方向やや下向きですが、1/4〜1/3あたりで急に下に折れ曲がります。 折れ曲がる部分は角ばって強く張り出し、角の部分の色が濃くなっていることが多く、目立ちます。 花被の先端はほとんど反り返りません。

 

 筆者はこの花の形を「開いている折り畳み傘を畳むときの形に似ているよね?」と人に言うのですが、なぜか賛同を得られたことはありません。


 花色について。 写真#1と#6は岐阜県で見ることができた個体ですが、このように淡緑色を帯びた花を見たのは初めてで、驚きました。 花色は淡紫褐色から緑色がかったものまで、変化があるようです。 この色の違いが何に起因するものかわからないのですが、同所にて淡紫褐色の個体も確認したので、安易に「地域差でしょ」とも言えません。

 

#7 コシノコバイモ 淡紫褐色の花 2010.04.04 岐阜県
#7 コシノコバイモ 淡紫褐色の花    2010.04.04 岐阜県

 

 写真#7の花は、#6の花の数メートル離れた場所で咲いていました。 淡紫褐色ですが、やや色黒さんの印象。 できれば淡緑色の個体と一緒に1枚の写真に撮影したかったのですが、都合よく並んで咲いていてはくれませんでした。

 

 ネットで検索してみると、異なった色合いの花が並んで写っている写真が見つかりました。 本ページ末尾にて、それらの外部サイトをいくつかご紹介します。

 

#8 コシノコバイモの葉は茎頂に3個輪生、少し下に2個対生 2017.03.26 新潟市 alt=165m
#8 葉は茎頂に3個輪生、少し下に2個対生    2017.03.26 新潟市 alt=165m

 

 葉をもう少し詳しく見ておきます。 写真#8は、本種を上面から見たものです。

葉は5個で、柄がなく、茎頂部に3葉を輪生状につけ、少し下に茎頂の3葉よりも大きな葉を対生させます。 葉身は披針形〜広線形で、長さは3〜6cmです(*2)。 縁は全縁で無毛、葉脈は目立ちません。

 

 花柄は茎頂の3葉の葉腋から出るのですが、#8では花柄がよく見えないので、その様子がわかる写真を次の#9に示します。

 

#9 コシノコバイモの花柄と花被片(花柄、外花被片、内花被片)
#9 コシノコバイモの花柄と花被片

 

 #9では花柄(かへい)がよく見えます。 花柄の様子がよくわかる写真はありそうでなかなかないので、掲載しました。 花柄は前述のように茎頂に輪生状につく3個の葉の葉腋、つまりほぼ同じところから出るので、中央の葉の左か右のどちらかから、花柄を覗かせます。 #9では正面から見て左側と中央の葉の間から出ています。 個体により右側と中央の葉の間から出している場合もあります。 単にそうなっていますよというだけで、これは重要なことではありません。

 

 さて#9は花被片も明瞭に見えるので、このまま説明を続けます。 花弁と萼がとても似た形か、あるいはほとんど区別できない場合に、まとめて花被片(かひへん)といいます(*4)

 

 本種を含めユリ科の植物は、6個の花被片があります。 #9では手前の3個の花被片が見えています。 花被片の基部付近にご注目下さい。 左右の花被片は外側にあり、その間に内側の花被片が見えています。 つまり花全体では、外側の3個の花被片と互い違いの位置に、内側の3個の花被片があります。

 

 外側の3個の花被片は、花がつぼみのときには中の器官を守っていたので、「萼」であるともいえますが、形はまさに「花弁」であり、内側の花被片とも形状がそっくりです。 なので花被片なのですが、外側にあるので、これは外花被片(がいかひへん)と呼びます。

 

 内側の3個の花被片は、内側にあるので「これこそが花弁だ!」といえそうですが、外花被片とほとんど同じ形をしているので、やはり花被片なのです。 これは内側にあるので内花被片(ないかひへん)と呼びます。 以上、この後「内花被片・外花被片」が何度も出てくるので、念の為の復習でした。

 

 蛇足ですが、花屋さんで売っているチューリップやユリの花も、「花びら」や「花弁」ではなく「花被片」と言うのが、本当は正しい。  でも「まあこのチューリップ、花被片の色合いがとってもチャーミング!」とか、「あらこの大きなユリ、花被片の曲線がエレガントね!」なんて言う人いませんよね!

 

#10 コシノコバイモの花 赤く着色した部分が外花被、その間が内花被
#10 コシノコバイモの花 赤く着色した部分が外花被、その間が内花被

 

 念の為、もう1枚の写真で示します。 #10は花を斜め上から見ています。 赤く着色した部分が外花被です。 その間から見える部分が、内花被。 それぞれの1片を外花被片、内花被片と呼びます。

 

#11 コシノコバイモの花のつくり(外花被片、内花被片、腺体、花柱、葯)
#11 コシノコバイモの花のつくり

 

 花のほぼ真下から撮影した写真#11で、花のつくりを説明します。 この写真は太陽光の透過光とリングライトの反射光を合わせて撮影し、背景は削除しました。

 

①花の中心には、雌しべの花柱があります。 柱頭は3裂します。 花柱の側面が見える写真は、残念ながらありませんでした。 本種の花柱側面には、突起などはないそうです。

 

②花柱に接するように6個の雄しべの葯が囲みます。 1個の葯を矢印で示しました。葯の色は図鑑(*1)には白色と書かれており、その通りであることも多いのですが

この個体においては、ややクリーム色がかっているように見えました(現像のホワイトバランスは適正に調整しています)。 雄しべは花被片より短いです。

 

③花の上部、つまり鐘形の天井部分は、紫褐色の網目模様、あるいはまだら模様になっています(矢印で図示していません)。

 

④内花被片及び外花被片の両方の内側には、縦長の腺体があります。 よく見える2箇所を矢印で示しました。 分泌された蜜が腺体に溜まります。 腺体の縁には、毛状突起があります。 これは本種の特徴のひとつです。

 

⑤内花被片と外花被片が互生していることがわかります。 この個体においては内花被片の外縁にのみ毛状突起があり、外花被片の外縁にはありません。 実はこのことは、ここまでに掲載した写真#1,5、6、7,9でも見て取れます。 花被片の外縁に毛状突起があることは、ミノコバイモなど本種と仲間の関係にある植物を区別するときに、最も重要な特徴です。 これについては最後の方でもう少し詳しく述べるので、ぜひ目を通して下さい。 尚、花被片の外縁だけでなく、外面にも小突起を生ずることがあります。 これも後で示します。

 

#12 コシノコバイモの花 2017.03.26 新潟市 alt=165m
#12 コシノコバイモの花       2017.03.26 新潟市 alt=165m

 

 写真#12は、#11と同じ花です。 腺体はすべての花被片にあり、その縁には毛状突起があります。 花被片の外縁の毛状突起は、この個体では内花被片の外縁のみにあり、外花被片の外縁にはありません。

 

 わずかながら、花糸が写っています。 ちょっと見えにくくて厳しいですが、見える範囲では花糸に突起などはないようです。

 

 本種の送粉者は、ヒメハナバチ科のウツギヒメハナバチヤヨイヒメハナバチマメヒメハナバチが確認されています(*5)。 筆者と同じように、ハチの名前を聞いてもさっぱりイメージが沸かない方は、それぞれのリンク先で姿をご確認下さい。

 

 次にいくつかの拡大写真で細かな形状を見ていきます。

 

#13 コシノコバイモの内花被片と内面の様子(外花被片、内花被片、腺体)
#13 内花被片と内面の様子

 

 写真#13は、内花被片とその内面の様子です。 上の説明⑤で述べたように、外縁には毛状突起があります。 花にグッと近づいて観察すると、これはけっこう目立つ特徴であることがわかります。 ところで「毛状突起」は毛のようにも見える細い突起ですが、毛ではありません。 解説者により、毛状突起は「鋸歯状の突起」「小突起」などと表現されることもあります。

 

 腺体とその縁の毛状突起もはっきり見えます。 腺体にはアリが来ていました。 きっと蜜を舐めに来たのでしょうね。 最後で述べますが、本種にとってアリは、とても大切なパートナーなのです。

 

 #13の花は、原因はわかりませんが、花被片の一部があらぬ方向を向いており、そのお陰でアリが蜜腺に来ている姿を見ることができました。

 

#14 コシノコバイモの花被片外面の突起
#14 花被片外面の突起

 

 写真#14は、#1の一部分を拡大したものです。 正面に見える内花被片の外面にとても小さな突起がたくさん見えます。 但し外面全体にあるのではなく、中ほどより先端方向の縁に近い部分に多くあるようです。 これは観察した個体だけの特徴かも知れません。 外面の小突起の高さは、外縁にある長めの毛状突起の長さよりは短い(低い)ように見えます。

 

 

毛状突起が見えない?!

 

 内花被片の外縁に毛状突起は、仲間のミノコバイモなどとの識別ポイントになることは述べましたが、その特徴的な突起が見えないことがあるのです。 次の2枚の写真をご覧下さい。

 

#15 コシノコバイモの若い花
#15 コシノコバイモの若い花
#16 コシノコバイモの熟年の花
#16 コシノコバイモの熟年の花

 

 コシノコバイモの十分成熟した、見頃の時期の花は、花被がよく開いて隣り合う花被との間に隙間が生じるので、内花被片の外縁がよく見えます。 ところが、そうならない時期があるのです。

 

 #15は開花後間もない若くフレッシュな花です。 #16は盛りを過ぎ、熟年の域に入った花です。 どちらの時期の花も、花被片が閉じ気味になっていて、外花被片に隠れしまい内花被片の外縁が見えないのです。 この状態であることを見極めないと、毛状突起が見えないので「コシノコバイモではないね〜」と、誤った判断をしてしまう恐れがあります。 気をつけましょう。

 

 尚、熟年の花は、花柄にシワができるようです。 大げさにいえば、掃除機の蛇腹のホースのように外面が凸凹になります。  よく見えない場合は#16をクリックして拡大して下さい(スマホはタップしてピッチイン.... どの写真も同じです)。 歳をとるとシワが増えるなんて、人間と同じですねぇ...。

 

 

「内花被片のみに外縁に突起がある」は本当

 

 内花被片の外縁の毛状突起は、本種を識別する際の重要ポイントですと何度も述べてきました。 本ページの旧ページにおいても、「内花被(片)のみに毛状の突起があり、外花被(片)にはない」と明記していました。 理由は、いくつもの信頼できそうな外部サイトでそのように解説され、写真も掲載されており、更に自分で撮影した写真を見てもそのように見えたので、完全に信じて書いたのです。 外部サイトの中には、花を分解して花被片を並べ、写真で示されているサイトもありました(*7)

 

 ところが先日、何気なくあるホームページに掲載されたコシノコバイモの写真見て驚きました。 外花被片の外縁に突起があったのです。 サイトの運営者の方に問い合わせたところ、そのような花は何度か見たことがあるとのこと。 写真データもお送りいただきましたが、外花被片に明確に突起が生じていました。

 

 そこで自分が撮影した写真を全部集め、改めて見直したところ、ありました!

 

#17 外花被片の縁に突起がある若い花 2017.03.26 新潟市
#17 外花被片の縁に突起がある若い花     2017.03.26 新潟市

 

 #17は若い花ですが、外花被片の外縁に突起があります。 全縁ではないのは明らかですが、突起は「毛状」と形容するほどには長くないですね。

 

#18 外花被片の縁に突起がある花 2011.04.10 新潟県燕市
#18 外花被片の縁に突起がある花      2011.04.10 新潟県燕市

 

 #18の個体でも外花被片の外縁に突起が並んでいることがわかります。 突起は短く、「小突起」あるいは「こまかな鋸歯」と表現するのが適切だと思いました。

 

#19 外花被片の縁に突起がある花 2009.04.12 新潟市
#19 外花被片の縁に突起がある花    2009.04.12 新潟市

 

 #19では外花被片の右側の縁はコントラストが低くよく見えません。 左側はよく見え、明らかに小突起が並んでいて全縁ではありません。

 

 筆者の写真では上に示したものしかありませんが、ネットで画像検索すると、外花被片外縁に毛状突起、あるいは小突起がある写真を見つけるのに、さほど苦労はしません。 このような花は少なからず存在するものと推測します。 よって「内花被片の外縁のみに突起がある」と言い切ることは、実態と合わないと思います。

 

 今更ながらですが図鑑を見ると、「山に咲く花」(*1)では「花被片のふちや内側の腺体近くに毛状突起があり」、「日本の野生植物」(*2)では「花被片の緑や内面の中脈に沿って突起のある」とあります。 いずれも内花被片に限ってないので「すべての花被片に突起がある」と解釈してよいでしょう。 1961年発行の古い図鑑(*9)では「花被片の内側にきょ歯のあるひれがついている」とだけありました。

 

 所有する図鑑の解説は正しい訳ですが、それではなぜ内花被片の外縁にのみ突起があるとするサイトが多いのでしょうか? 他の図鑑でそのように書かれている可能性もあると思いますが、一番は、やはり実際の花の多くが、内花被片の外縁にのみ毛状突起があり、外花被片は全縁であることが多いためだと推測します。 外花被の突起の有無の比率については、専門家が研究されることを待つしかないでしょう。

 

 以上のように検討した結果、突起については、以下の説明が妥当と思います。

 

 花被片の内側には縦長の腺体があり、その縁に毛状突起がある。 花被片の外縁にも毛状突起があり、多くは内花被片だけだが、ときに外花被片の外縁にも小突起を生ずる。

 

 最後に果実や種子について述べます。

 

#19 コシノコバイモの果実 2013.05.03 新潟県妙高市
#19 果実 2013.05.03 新潟県妙高市
#20 コシノコバイモの若い果実
#20 コシノコバイモの若い果実

 

 若い果実は緑色で可愛いです。 地元の方によると、果実は成熟すると大きさも形も花そっくりになるとのこと。 成熟すると大きくなるのは納得ですが、形が花そっくりになるとは!? いつか見てみたいものです。

 

 果実は蒴果で、熟すと弾けて中の種子がこぼれ出します。 ぽろぽろと地面に落ちますが、それを「待ってました!」とばかりにアリが口にくわえて巣に運びます。

実は、種子にはエライオソーム(elaiosome)と呼ばれるものがくっついているのです。 エライオソームには脂肪酸、アミノ酸、糖からなる化学物質が含まれています。 つまりエライオソームは、アリにとっては、おいしくて栄養たっぷりのご飯のようなものなのです。

 

 アリはこのエライオソームがお目当てで、種子を巣に運びます。 他の種類のアリに奪われないよう、わっせわっせと運ぶのです。 そして巣の中でみんなでエライオソームを食べます。 家族団らんの時間です。 種子は食べないので、食事後は邪魔ですから巣の外に運び出して近くにポイッと捨てます。 そうすると、やがて種子が発芽するのです。

 

 植物の生きる目的はただひとつ、「できるだけ多くの子孫を、できるだけ広い範囲に残す」です。 すべての植物は、この目的を達成することだけを考えて生きます。本種は、この目的の「できるだけ広い範囲に子孫を残す」という部分を、アリに頼っているのです。 アリに頼めば、風に飛ばすよりも遠くに、確実に種子を運んでもらえます。 でもタダでは運んでもらえないので、運送料としてエライオソームを種子にくっつけているのです。

 

 本種が属するバイモ属は世界で約100種もあるそうですが、アリが種子を運ぶという報告は、アリそうでナカッタようです。 論文「ユリ科コシノコバイモの送粉昆虫と種子散布昆虫」は、世界で初めてバイモ属の植物のアリによる種子散布を報告したものです。 英文ですが要約は日本語です。 本種のエライオソームつきの種子や、それを運ぶアリの写真も載っているので、興味がある方は読まれてはいかがでしょうか。 閲覧先は下の参考文献に示しました。

 

 もうひとつご紹介。「兵庫県立 人と自然の博物館」のサイトにある論文「アリに種子を運ばせる植物たち」です。 コシノコバイモではありませんが、アケビ、タチツボスミレ、そして本種としばしば混生するカタクリなどの植物のエライオソームつきの種子をアリが運ぶ様子を観察した論文です。 筆者のような素人にも読みやすく、また楽しい論文でした。 これも下の参考文献に閲覧先を示しました。

 

< 蛇足 >

 いくつかの個人のホームページやブログで、コシノコバイモの分布域について「フォッサマグナ・中央構造線に沿って分布している」と書かれているのを見かけました。 しかしどうも納得できません。 もし「フォッサマグナ及び中央構造線に沿って分布している」との意味なら、中央構造線が走る紀伊半島〜四国〜九州と、本種が分布しない地域も含まれます。 これは違うと思うので「フォッサマグナと中央構造線が重なる地域に沿って分布する」という意味かな?と。 しかしそれですと、石川県や福井県などは外れてしまいます。 少し悩まされましたが、本種に限らず、バイモ属の全体の分布域を指しているのであれば、納得できます。 しかしなぜバイモ属がフォッサマグナ・中央構造線に沿って分布しているのかは、勉強不足でまだわかりません。

 

 

< 参考・引用させていただいた文献・図鑑や外部サイト(順不同・敬称略) >

 文献・図鑑などの著作物や、個人・法人のWEBサイトには著作権があることをご理解の上、ご利用下さい。

 

*1 山渓ハンディ図鑑2 山に咲く花  山と渓谷社 2013年3月30日 初版第1刷 p.70 

*2 日本の野生植物 草本1 単子葉類  平凡社 1982年1月20日 初版第1刷 p.39

*3 日本国内産のコバイモ類 内藤登喜夫  2004年 みねはな51号 p.15-22

   CiNiiこのページに記載がありますが、現在は閲覧できないようです。

*4 Wikipedia  バイモ属  コシノコバイモ  花被片

*5 ユリ科コシノコバイモの送粉昆虫と種子散布昆虫  2006 鳴橋直弘 、高田由子 、根来尚 

   こちらから閲覧可能

   金沢大学学術情報リポジトリ

    Pollinators and dispersing insects of seeds in Fritillaria koidzumiana (Liliaceae)

*6 本産バイモ属の3新種 1979年 鳴橋直弘 

   こちらから閲覧可能

   金沢大学学術情報リポジトリ

    Three New Species of Fritillaria (Liliaceae) from Japan

*7 石川の植物  コシノコバイモ

*8 YList 植物和名ー学名インデックス  コシノコバイモ

*9 牧野 新日本植物圖鑑 北隆館 1961年6月30日 初版 p.846

*10 アリに種子を運ばせる植物たち 2012年 藤井真理、小坂あゆみ、増井啓治

   こちらから閲覧可能

   兵庫県立 人と自然の博物館  共生のひろば 第7号

 

 < 異なった色合いの花が並んだ写真がある、外部サイトのご紹介 >

山野の花実~北信州と周辺~ の上越地方~コシノコバイモの上から6枚目の写真と、

 同じく新潟市の里山~オオミスミソウ、コシノコバイモの下から7枚目の写真

雪国植物園新着情報のページの「開花状況(2018年03月29日)の項の最上段左から3枚目

路傍の虫たちとのコシノコバイモのページの上から2枚目の写真

 

< 外花被外縁の突起が見える写真がある、外部サイトの例 >

一日一花 季節の野草  2018/04/08 多治見他 コシノコバイモ (5列目一番左の写真)

 

※ 外部サイトは、それぞれの運営者の都合により、変更・削除されることがあります。

  最終閲覧:2018.04.17

 

2018.04.17 全面改訂し掲載

カイコバイモ
 カイコバイモ
ミノコバイモ
 ミノコバイモ

コメント: 2 (ディスカッションは終了しました。)
  • #1

    yamachan (水曜日, 07 4月 2021 08:58)

    セツブンソウの種子散布に蟻は関わってますかね?
    カタクリの種子はエライオソームで蟻を誘引して巣穴まで持ち去られることまでは良く知られてますが、更にエライオソームを食べられた後の種子が幼虫に似てるとか?で、幼虫の穴へ運び込まれるとか?

    カタクリの球根がかなり地中深くにあることは良く知られますが、理由はそう言った理由、つまり蟻のサナギ部屋に持ち運ばれた結果からでしょうか?

    エライオソームだけ食べられた種子が巣穴の外に捨てられるケースがあるみたいですが、カタクリの場合は巣穴の外に捨てられないんでしょうね。

  • #2

    Ken (木曜日, 08 4月 2021 11:16)

    申し訳ございませんが、当方は植物研究者ではなく素人なので、そういったことはわかりかねます。また、セツブンソウに関するご質問・情報などは、セツブンソウのページに入れていただけますと幸いです。