2010年の7月の終わりに、花の大先輩のMさんに群馬県の自生地を案内していただきました。 オオヒキヨモギは稀少種で、環境省のレッド・リストで絶滅危惧種に指定されています。 また従来群馬県には自生していないとされていました。 しかし、2007年にMさんが初めて群馬県内で自地を発見されたのです。 レッド・リストの次回見直し版には、自生地として群馬県が加わるとのことです。 群馬県内唯一かも知れない、非常に貴重な自生地に案内していただいた訳ですが、残念ながらやや時期が早く、花を見ることはできませんでした。
岐阜県に遊びに行った際に、こちらも花の大先輩のOさんにそんな話をすると、Oさんは「オオヒキヨモギ? 自生地を知っているよ!」と我々を案内してくれたのです。 今度は花が咲いている状態を見ることができました! MさんとOさんにはこの場を借りて改めて御礼申し上げます。
郊外のとある公共施設の入口付近の、恐らくこの施設を造る際に切り崩されたのであろうと思われる斜面に、このように生えていました。 日当たりがよく、やや乾燥した場所でした。 図鑑には「茎は斜上する」とありますが、急斜面に生えているせいか、斜め下方に向けて茎を伸ばしていました。 ひょろりと長い茎は長いものはは1mほどありました。 僅かな風でもゆら〜りゆら〜りと揺れていつまでも止まってくれず、撮影が難しい植物です。 花はまばらに咲いています。 こんなに大きいのに、半寄生植物なのだそうです。 半寄生とは、葉緑体を持ち自分でも光合成を行なうが、根の一部を他の植物の根に食い込ませて養分を奪うという性質も併せ持つ生活形態です。
このように茎の上部の葉腋に1個づつ花をつけます。 少しづつ順番に咲くようで、華やかさはありません。 わずかに咲いている花もやや地味系で目立ちません。 今までどこかで目にしていたのに、気付かなかったのかも知れません。
全体に腺毛が多いです。 花と共に、細長い萼に目がいきます。 萼筒には10本の濃緑色の筋があり、なかなかおしゃれです。 先端は深く5裂して反り返ります。 萼全体に開出した腺毛が多いです。
淡黄色の花冠は長さ約2.8cmで、上唇の先端部分にだけ茶色っぽい紅色が入るのがチャーム・ポイントでしょうか。 上唇は内側に巻き込むようになり、その中に雄しべが隠れています。 花によっては雄しべの先端部だけ見えることもあります。 上唇も下唇も毛がたくさん変えています。
ところで図鑑でもネットでも、花が右を向いた写真が圧倒的多数です。 なぜ左向きの写真がほとんど無いのでしょうか? それは次の写真でわかります。
ほぼ正面からの撮影です。 上唇に対して、下唇が左にねじれたようになっています。 その上、浅く3裂した下唇の向かって右側の裂片が軽く巻き込んでいるようです。 これはたまたまではなく、これがオオヒキヨモギの正しい咲き方のようです。 このため花を右から見ると花の中が見えないので、みなさんも左から撮るのではないかと思います。 左右非対称の花なんて、不思議な咲き方ですね。本種とよく似たヒキヨモギの花は、左右対称です。
花の正面からもう少し寄ってみました。 下唇は3裂しますが、右側の裂片が上方に立ち上がったようになっています。 なぜこのようになっているのかは、不明です。
下唇の右裂片だけが立つようになっていることが、花を上面から見ると一層よくわかります。
左向きの写真です。 右側の下唇が持ち上がり、花の内部は隠れて見えません。 まるで少女が顔を赤らめて着物の袖を持ち上げ、「見ちゃ、イヤン!」と恥ずかしがっているかのようです(そのくせ反対側は開けっぴろげ)。
左右の向きの花が写った写真です。 左側の花は「見ちゃ、イヤン!」で、右側は「どんぞ、ご覧あそばせ〜」状態です。 1つで2回楽しめる、大変おトクな花と言えましょう。
画面奥は茎の根元方向で、終わった花が見えます。 逆に手前は茎の先端方向ですが、まだ花をつけていません。 このことから、花は茎の根元に近い方から「少しづつ」順番に咲くのだね?と推測できます。 だから全体として見ると、花がまばらにしかついていない印象を受けるのでしょう。
茎の下部の葉です。 卵形で長さ約1.5〜3.0cm、鋸歯状に大きく切れ込みます。 これがキク科のヨモギの葉と似ていることが、和名の由来のようです。 もちろん、本種はハマウツボ科ですから、ヨモギとは科から異なる、まったく別の種です。
葉は茎の上方になるに従い鋸歯が浅くなり、上部では全縁になります。
茎の中部の葉です。 鋸歯がだいぶ浅くなって来ています。
茎の上部の葉です。 鋸歯は完全になくなり、全縁になっています。 本種とよく似た植物に、同じ属のヒキヨモギがいますが、ヒキヨモギは上部の葉まで深く切れ込んだ鋸歯があることと、本種の葉柄には翼がありますがヒキヨモギには無いことも識別ポイントのようです。
本種が稀にしか見ることができないのに対して、ヒキヨモギは広く分布するそうです。 でも私たちはまだ見たことがありません。
オオヒキヨモギ
山地のやや乾いた場所に生える1年草または2年草(2021.05.18修正)。
本州の関東地方以西、四国、中国地方中南部に分布する。 道路工事や植生の遷移の進行が減少の主要因と考えられている。 花期は8〜9月。 旧来の分類体系では、ゴマノハグサ科に分類されていた。
2011.02.06 掲載
2015.01.12 写真と文を追加
2016.01.16 文を追加
2016.06.05 科名に関する記述を追加
2021.05.18 2年草の生活史もあることを追記。多くの図鑑や有力ネットサイトでは
1年草と解説されているが、読者様より2年草であることを確認したご
報告があったため(*1)、2年草の生活史のものもあること追記した。
(下記のコメントのやり取りもご参照下さい)
*1 フローラ栃木 29号(栃木県植物研究会 2021年3月) p.46
オオヒキヨモギのライフサイクルについて 生沼牧子
オオヒキヨモギが掲載されたページ
Dairy-Hiroダス
生沼牧子 (木曜日, 29 10月 2020 11:37)
オオヒキヨモギは2年生です。益子町の林道大津沢-北郷谷線では切通しで100株以上見られます。1年目は8月に発芽、2年目は4月に再発芽。栃木県植物研究会の長谷川順一先生に同定していただいたのでオオヒキヨモギに間違いありません。栃木県のレッドデータブックには1年生となっていますが執筆者自身が確認したわけではありません(本人から聞きました)。
Ken (木曜日, 29 10月 2020 21:47)
オオヒキヨモギは2年生であるとする、論文・文献等を示して下さい。
Ken (土曜日, 15 5月 2021 18:43)
生沼様
「フローラ栃木 29号(2021年3月)」の記事「オオヒキヨモギのライフサイクルについて」を拝見しました。二年生である可能性が高いと思います。しかし1年めに発芽し、地上部が枯れた株が、翌年開花するところまでは観察されてなく、「地下部で越冬し春に再発芽するものと思われる」と推測で終わっております。実際に再発芽が観察されましたら、お知らせいただけると幸いです(記事を修正します)。
当サイトのページ毎のコメント欄は現在入力できない状態としていますが、このページだけは例外的に入力可としておきますので、よろしくお願いいたします。
生沼 牧子 (火曜日, 18 5月 2021 16:59)
オオヒキヨモギの2年目は4月半ばに再発芽しました。引き抜くと同じ根に昨年末に枯れた1年目の茎がついています。不思議なことに昨年結実枯死した株の根は貧弱なのに、再発芽した4月半ばの根は充実しています。宿主にはいつとりつくのでしょうか。イノシシが斜面をかけ上がるため表土が剥がされ心配していましたが現在数十本確認できます。ぜひ見に来てください。
Ken (火曜日, 18 5月 2021 23:01)
生沼様
ご連絡をありがとうございます。同一の根から再発芽したことを確認されたとのことなので、観察されたオオヒキヨモギが2年草であることは間違いないですね。とても貴重な情報をお寄せいただきまして、大変ありがとうございました。
上記のように解説を修正しました。多くの図鑑でヒキヨモギ属・オオヒキヨモギが1年草であるとしていることと、植物は気象条件などの生活環境の影響で生活史を変えることがあることから、1年草であることを否定はせず、「1年草または2年草」という表現にしましたので、ご了承下さい。
蛇足ですが、実はHirokenも栃木県植物研究会の会員です。あまり観察会にも出席していないので、半分幽霊会員ですが.... 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
生沼 牧子 (水曜日, 19 5月 2021 14:28)
「神戸国際港都建設計画西神第3地区工業団地造成事業(神戸複合産業団地)の変更 工事中の事後調査報告書(平成25年度)概要書 平成26年6月 神戸市」のpp21-24にオオヒキヨモギについての記述があり、2年草となっています。
生沼 牧子 (水曜日, 19 5月 2021 14:51)
上記報告書の変更に係る平成28年度事後調査概要書の概要について 平成30年2月 神戸市 にも「オオヒキヨモギは二年生植物であるため個体数が安定しないが、実生が育っており繁殖が確認できた。」との記述があります。
生沼 牧子 (水曜日, 19 5月 2021 15:39)
mat06-131th.pdf-神戸市 にも「移植する場合は2年目春までの個体を寄主ごと移植するのが有効。」とあります。
Ken (水曜日, 19 5月 2021 18:24)
生沼様
様々な情報をお教えいただきまして、ありがとうございました。