北海道〜九州の、山地の林内に生える多年草です。 和名の「フタバ」は、茎の先に葉を2つ、対生状につけることが由来です。 ちなみにカンアオイ属の名は、葉の形がアオイ(葵)に似ていて、冬(寒)でも常緑であることに由来しますが、本種は後で述べるように、落葉します。
葉を京都の賀茂神社の葵祭にも用いられるので、カモアオイの別名があります。 また徳川家の「葵の御紋」(外部サイト)は、本種の葉を3個組み合わせて図案化したものだそうです。
地下茎を伸し、大きな群生を形成することもあります。 上の写真は規模が大きい方ではなく、もっと広大な面積を葉が覆い尽くすことも珍しくありません。 このような大きな群生の形成は、他のカンアオイ属では見たことがありません。
他のカンアオイ属と大きく異る特徴があります。 本種は、秋には落葉するのです。 当サイトにあるカンアオイ属のうち、落葉するのはフタバアオイ節の本種と、ウスバサイシン節のウスバサイシン、トウゴクサイシン、ミクニサイシンだけです。他のカンアオイ属は常緑です。
葉は薄く、卵心形で先は尖るります。 「ハート型」と
言ってしまった方がわかりやすい。 基部は深い心形。
縁や脈上に短い毛がありました。
茎は地上を這って伸び、先に2個の葉を「対生状」につけます。
本当は互生であるが、節の間がつまって対生のように見えるので
「対生状」と表現しました。 別の表現で偽対生葉とも言います。
(正直言って、どっちでもいいか!と思ったりもします)
花は葉柄の基部に1個、ほぼ下向きにつけます。 花弁はなく、花弁のように見えるのは萼です。 この点において、当サイトに掲載されている他のカンアオイ属の花と同じです。
ところが、本種には他のカンアオイ属の花と違った特徴もあるのです。 まずは、花の位置。 他のカンアオイ属の花は地面に接するような低い位置に、横向きに花をつけます。 本種は、地面から離れたやや高い位置に下向きに花をつけます。
次に、萼筒部。 他のカンアオイ属の花は、3個の萼片の基部から先端に向けた途中まで萼が「合着」し、壺状の萼筒を形成します。 これに対し本種は合着ではなく「接合」もしくは「接着」し、不完全な椀形の仮筒部を形成します。
上の写真に、線状に見える「萼片の接合部」を示しました。 「合着」の場合は、組織的に融合しているので、一体となっているのでしょう。 それに対して「接合」は接しているだけですから、少し力を加えれば簡単に分離するのではないでしょうか(試したことはありませんが)。
萼筒内部もだいぶ異なるのですが、これについては後述します。
最後に、最もわかりやすい違いがあります。 3つに裂けた萼裂片が、強く反曲
するのです。 他の多くのカンアオイ属は、萼裂片が半開〜平開しますが、本種は平開をはるかに通り越して、萼筒とぴったり接するほど反曲します。 上の写真の花はまだ若く、萼裂片は萼筒と接するほどには反曲していません。
上の花は、下方2個の萼裂片は反曲をほぼ終え、正面からその
先端部は見えません。 上方の1個は、まだ反曲の途中の段階に
あります。 萼裂片が三角状の形をしていることがわかります。
上は萼裂片が完全に反曲した状態の花の側面です。 裂片は椀形の仮筒部の外面に接するほど反曲します。 萼の外面にやや長く、白っぽい毛が多いのも見て取れます。
以上示して来たように、本種は他のカンアオイ属とかなり違う特徴を持っているので、以前はカンアオイ属とは分けて、フタバアオイ属とされていました。 しかし近年はカンアオイ属に含めることが多くなっているそうなので、本サイトもそれに従うことにしました。 カンアオイ属の分類についてはWikipediaのカンアオイ属のページに詳しく書かれていますので、興味のある方はそちらをご参照下さい。
さて、花の正面です。 花は通常下向きなのですが、たまに茎が倒れて花が横や上向きになっていることがあります。 そんな状態はとても観察しやすいです。
花の姿は、他のカンアオイ属とまったく異なりますね。 他のカンアオイ属は壺状の萼筒を持ち、萼筒内面には縦横に格子状に走る隆起線があります。 隆起線の本数などが、種を同定する重要な手がかりになります。 しかし開口部は狭く、内部はなかなか外からは見えないのです。
ところがフタバアオイは、萼筒が椀形で開口部は非常に大きいので、萼筒内面が丸見えです。 ここまであけっぴろげなカンアオイ属は他に知りません。 その上、萼筒内面には隆起線がなく、縦に暗紫色の条が走るのみです。 こんなに違うのに、本当にカンアオイ属に含めてしまってよいのだろうか? 前述と矛盾しますが、フタバアオイ属として区別する考え方の方が適切ではないかと思えてきます。
花の中心に見えるのは、柱頭です。 雌しべは6個が合着して柱状になり、先端の柱頭は放射状に広がります。
雄しべは上の写真の暗紫褐色に見える部分で、12個あります。 葯よりも花糸がずっと長い。 葯が裂開し、花粉が出始めている状態です。 12個の雄しべは花柱を取り巻くようになっています。 わかりにくいのですが、内側6個、外側6個の2輪となっています。 内側の6個は長さが約2.5mmで、外側はそれよりやや短い。 雄しべは開花時は外側に曲がっていますが(花柱から離れている)。 しかし上の写真のように葯が裂開し花粉を出す頃には立ち上がり、花柱に沿うように近づきます。 これは自家受粉を行なうためと考えられています。
花を側面から見ると、花柱と雄しべはほぼ同長で、かつ、
仮筒部よりも長く、突き出していることがわかります。
白っぽい花粉をたくさん出している状態の花です。 ほとんどの雄しべは花柱に寄り添うようになっていますが、上側1個と右側1個の雄しべは立ち上がりきれていません。
仮筒部の内面や萼裂片の内面(反曲しているので仮筒部の外面として見える)は、全面が非常に微細な毛に覆われていることがわかります。 まるでビロードのようです。 この写真は、オリンパスのTG-3の深度合成機能(*1)を使って撮影したものです。 従来持っていたカメラでは見えなかったものが、見えてきました。 技術の進歩はすごいですね。
一つ上の写真の花の中心部をトリミングしてみました。 合着した6個の花柱のそれぞれの柱頭は、白っぽい毛のような状態になっていました。 花粉を受け取りやすくするためなのでしょうか?
フタバアオイは、カンアオイ属の中では比較的楽に見つけることができる植物だと思います。 今後も出逢う機会があれば観察してみようと思います。
*1:深度合成機能は、自動で少しづつピントをずらして複数枚の写真を連続撮影し、
それらのピントが合った部分だけを抜き出して1枚の写真に合成する機能です。
マクロ撮影でも被写体深度が深い(ピントの合う範囲が広い)撮影が可能です。
2020年4月14日に、国立科学博物館 植物研究部 多様性解析・保全グループ研究主管の奥山雄大先生が、日本の植物多様性を代表するカンアオイ類ほぼ全種の進化の道筋を解明したとする論文を発表されました(2020年4月14日刊行のAnnals of Botany誌(イギリスの植物学国際誌・電子板)に掲載(発表)。 興味がある方は、下の紹介ページや、奥山先生ご自身による動画をご欄になってみてはいかがでしょうか。 カンアオイの仲間に興味がある方は、必見です(最終閲覧:2020.05.14)。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000083.000047048.html
https://www.asahi.com/and_M/pressrelease/pre_11750198/
奥山先生には、当サイトに掲載した4種のチャルメルソウ属(コシノチャルメルソウ、コチャルメルソウ、タキミチャルメルソウ、ミカワチャルメルソウ)のページを見ていただいたり、また多くの論文を参考にさせていただくなど、大変お世話になっております。 今回日本のカンアオイ属についての大変な研究成果を発表されたと知り、さっそく当ページとカンアオイ属のいくつかのページに情報を追加させていただきました。
2015.11.23 掲載
2020.05.14 国立科学博物館 奥山雄大先生の論文の情報と動画を追加