. 7月13日(土) スズムシ堪能
3連休、なんとか雨を避けられるのは今日だけのようだ。、
前から花友さんにフガクスズムシソウを熱望されていました。
昨年も花があるかどうかと確認に向かったのですが、
倒木のために近づけず、断念していました。
スズムシ鑑賞会ということで、写真がプロ並み(以上?)の
花友さんも合流して、4人で山に向かいます。
数年経ち、山は結構荒れていました。
いたる所で倒木がルートを塞ぎ、それを避けたルートは直登で厳しい~
以前行ったルートとはかなり離れてしまった。
健脚で登山歴が豊富な花友さんたちは、スイスイと登っていく。
ちょっこら登れる山と思っていたのに、今日はやけに疲労度が高い。
最近は椎間板ヘルニアのリハビリ生活に専念していたことと、
今週は身内の葬儀などあって、用事も多かったから・・(言い訳かあ)
まあポンコツ状態で、ひーひー言いながらなんとか登れたあ~
フガクスズムシソウは・・わ~、ベストな状態で咲いていますよ☆
観察会などでは、代るがわるの撮影になるので、
集中して撮影もできないから、今回はじっくりと。
しかしなんだか私も疲労感のせいか、カメラがうまくいかないじゃん。
じっくり撮影できたのにも関わらず、いまいちな写真だあー
花友さんは、念願のフガクスズムシソウに感動してくれました。
他の木に付いているものも見つかった。
古木に付いていた目線より上にあったものは、なくなっていた。
その部分だけ苔がはがれてたので、おそらく盗掘だろう。
あれ、どなたか登ってきますねえ、
足元を見て、「ここにもいるよ」と指を差した。
古木から落ちた株が、地上に根ついたものだろう。
赤味のないタイプのフガクスズムシソウです。
上ばかり見ていたので、うっかり踏みつけなくてよかったわ。
この方は花友さんと一度お会いしたことがある方とわかりました。
地元に精通されている方なので、一帯の花情報を持っているようです。
昨年がっかりしたフジチドリは、盗掘ではなく、
土台となる苔ごと落ちてしまっていたそうです。
元の場所の近くにレスキューしたそうですが、落ちてから時間が
経ってしまっており、復活はしなかったそうです。
花友さんが、変わったキノコを見つけて撮影していた。
「臭いを嗅いでごらん」というので、
相方が鼻を近づけて臭いを嗅いだ瞬間、
「うえ〜!!」と叫んでのけぞった。
とんでもない悪臭だったようです。
このキノコはこの悪臭でハエなどを引き寄せるそうです。
相方は「もう一生涯、このキノコの臭いは嗅がない!」
と言っておりました。
.
フガクスズムシソウを堪能して、無事に下山。
平らな山道を歩いていると、花友さんが「クモキリソウだ!」と。
え~、ちゃうちゃう~セイタカスズムシソウじゃないの!
草刈りや、作業車に轢かれながらも懸命に咲いていますよ。
スズムシソウとの識別方法を逆に教えてしまったかも~
背が高くありませんが、セイタカちゃんで間違いないね。
ポンポン見つかる花ではないので、嬉しい発見!
10株以上はあったかもー
ここはセイタカ通りでありました。
.
クモキリソウも咲いていましたよ。
花友さんの淹れてくれた珈琲で一服タイムして、解散。
久し振りにお会いできて楽しい一日となりました。
しかし・・私の腰がやばやばです~
こんなにもへっぽこになってしまったんだろう・・
即座に手術状態を回避するためのリハビリも限界値?
情けない自分を感じた一日でもありました。
ここからはHiroの独り言なので、興味ない方はスルーしてください。
86歳の生涯を閉じたM伯母さん
子供のころ優しく接してくれたこと忘れません。
安らかなお顔が父にそっくりでした。
身内の葬儀となると父が親戚が集まって、
みんなに逢えるんだとよく言っていた。
親族で様々な思い出など語り合えるいい機会なんだぞって。
そうかも知れないね・・
おじいちゃんや伯父さんが、私にとって幼いころの
スーパースターであった話も出来た。
私は幼いころは両親になついていませんでした。
3歳まで預かってくれていた、伯母さんの家で過ごすほうが好きでした。
子供の頃の写真を見ると伯母さんの家にいると必ず笑っています。
家の前の桑の木が揺れると・・
おじいちゃんおじちゃんが来たあ~! と駆け寄り作業を見守ります。
「Hiroちゃん本家行くか?」と聞かれれば即座に「いくぅ~!」と、
桑の葉に包まれながら耕運機に乗って一緒に向かいました。
近年のささやかな出来事など忘れてしまうのですが、
幼いころの記憶って鮮明に覚えてるものなんですね。
父や母にべったりで育ってはいなかったのですが、
二人ともよく働く両親でした。
呑気に過ごせない性分は、親によく似ているのかも知れないな。
あまり親に褒めてもらえることなんぞ少ない私でしたが、
80を過ぎた母が「ずっと働いて良く頑張ってきたんだから休みなさい」
と言ってくれました。
気が強くてなんでもはっきり物事を言う母が嫌でしたが、
厳しい分、私を理解してくれていたんだと感じた瞬間でした。
一回り小さくなってしまった母ですが、
子供に世話にもならず、一人で生活し前向きに生きています。
自分より子供や孫に希望を抱く母はたくましいな。
とても母のようにはなれないけれど、
一緒に過ごせる時間を多く持ってあげたいと思いました。