トケンランは、北海道・本州・四国に分布し、丘陵地や山地の落葉樹林下に生育する、地生の多年草です。 花期は5〜6月で、まばらに花をつけます。 和名の杜鵑蘭の由来は、花被の斑点を、鳥のホトトギス(杜鵑:音読みでトケン)の胸から腹部にかけてある、斑紋に見立てたものだそうです。(鳥のホトトギス → 参考外部サイト:日本の鳥百科 ホトトギス)
草丈は30〜40cm。 花茎は球状の偽球茎から出て直立し、下部には目立たない鞘状葉をまばらにつけます。 中部から上部にかけて、6〜12個の花を総状花序にまばらにつけます。 葉は偽球茎から2個出します(上の写真では葉が1個しか写っていません(^^;))。
葉は長楕円形、長さ10〜12cm、幅3〜5cmで、先端はとがります。 基部は次第に狭まり、細い葉柄があります。 表面は縦じわが目立ちました。 葉には、しばしば紫斑点があるそうですが、今回見た葉には斑点はありませんでした。 葉は花後に枯れますが、秋には新葉が出て、そのまま越冬します。
「1株か2株でも、咲いていてくれたら...」そんな期待を持って訪れたのですが、なんと少なくとも30株ほどが咲いていてくれました。 しかも時期がぴったりで、フレッシュな花を多数咲かせていました。
ここは以前何度か訪れているのですが、2010年に訪れた時はすでに花は終わって、果実になっていました。 その後は現地の方に依頼して開花状況を教えていただいたりしていたのですが、仕事の都合がつけられなかったり、悪天候だったり、花が咲かなかったりして、なかなか花を見ることができず、あっという間に6年が経ってしまったのです。
やっと見ることができたトケンラン。 見た瞬間「カッチョイイ!」と思いました。 唇弁以外の花被片が細長くシャープな感じで、まるで空を滑空しているような姿です。
萼片の色合いのせいか?、なぜかコケイランを連想したのですが、コケイランとは属が異なります。 近縁種は、サイハイランです。 そう言われてみると、大きく開いたサイハイランの花と、いくつか似た点がありました(サイハイランの花はなかなか大きく開かないのですけれどもね)。
花はほぼ真横を向いてつきます。 花の咲く向きは、同じ属のサイハイランのように一方向に偏りがちにならず、ランダムに全方位に向いているように見えました。 花の数は多くても12個ほどと、多くはないので、どの方向から送粉者の昆虫が飛んで来ても、見つけてもらいやすいようにしているのかな?
萼片は線状倒披針形、側花弁はもっと細い感じで線形。 両方とも先が尖り、黄褐色の地に暗紫色の斑点があります(斑点が無い個体もあるそうです)。 背萼片は蕊柱の真後に、その両側に側花弁が控え、3片で蕊柱を上から覆うようになります(次の#9参照)。
側萼片は、左右にやや下垂し、平開とまではなりませんが、大きく開いて、まるで翼のように見えます。
花の中心部をもう少し詳しく見てみます。
唇弁は、先端部が3裂します。 3つに分かれた中央の裂片を中裂片、残りの左右の裂片を即裂片と呼びます。 中裂片は倒卵形で先端部は丸く、縁は細かく切れ込み、それぞれの小さな裂片は丸みを帯びた形でした。 また縁全体が波打つようになっていて、これがフリルのように見えて可愛い。 中裂片には、基部のわずかな部分を除き、紫色の斑点はありません。 中裂片の白さが際立っていました。
側裂片は細長く、中裂片よりずっと小さい。 左右に短い腕を広げたようについています。 白地に紫色の斑点が入ります。 この花は、特に逆光気味に見ると、とても美しいと思いました。
#11は、黄色い葯帽が外れた花です。 葯帽は、葯蓋とも言われ、花粉塊(微小な花粉が多数集まった塊)が入った部屋 --- 葯室の蓋のようなものです。 英語ではcapといい、capは帽子の意味もありますから、正に葯室の帽子ともいえそうです。
葯帽が外れたので、中にある花粉塊が見えます。 中心にある、丸く、淡いみかん色に見える部分です。 2個に見えますが、実は花粉塊は4個あり、2個づつ、組になって粘着体についています。 4個の花粉塊が収められた葯室は、1個です(壁で隔たれていない)。
#12で花を側面から見ると、唇弁の変わった形状がわかります。 唇弁は基部から半分より少し先まで(註1)、雨ドイのような形状になっていて、そこに棒状の蕊柱が乗るようになっているのです。 これはサイハイランとよく似ています。 蕊柱の長さは、葯14mmあります。 まるで長い蕊柱を下から支えているようにも見えます。 そして唇弁は急にほぼ90度下側に折れるように曲がり、3裂するのです。
ランの唇弁は、花という生殖器官に、花粉を運んでくれる送粉者をおびき寄せる、いわば広告塔です。 それだけでも重要な役割を担っているわけですが、トケンランの花においては、蕊柱を下支えするという、これまた大任を担っているようです。
ところで、ラン科の花は花柄と子房の境界が不明瞭であることが多いのです。 このため花柄と子房を合わせて花柄子房と呼ぶことがあります。 トケンランもそれに該当するので、#11では、花柄子房と表記しています。 もし花柄と子房の境界が明瞭であれば、それぞれを個別に呼びます。 ひとつの例として、タカネフタバランは花柄と子房の境界が明瞭です。
さて多くのランは、花柄子房(もしくは花柄)を180度ねじることにより、唇弁を花の下側に持ってきています。 ランの仲間には、花柄子房(花柄)をねじらずに唇弁を下側につけるもの、ねじらずに唇弁を上側につけるもの、唇弁があらゆる方向を向いているもの(ツチアケビなど)がいて、中には何を思ったか、360度もねじって唇弁を上側に持ってきている種もいます(ホザキイチヨウランやヤチラン)。
これはラン科植物の進化の過程で生じたことと考えていますが(個人的見解)、ここでは詳しく触れません。 トケンランの花柄子房は、どうなっているでしょうか?
トケンランの花柄子房は、180°ねじれていました。 唇弁は下側なので、当サイトでいう標準タイプです。 いやいや、これで判断するのはまだ早い。 花をひとつだけ見て判断するのは、早計というものです。 中にはサイハイランのように、花ひとつおきにねじれたり、ねじれなかったりしている植物もありました。 サイハイランは同属のランですから、トケンランも同様である可能性があります。
上の写真は写りが良くないのですが、たくさんの花の花柄子房の様子がわかるので使いました。 見えている6個の花のうち、5個は明確にねじれているので、「トケンランの花柄子房は180°ねじれる」と言って間違いなさそうです。
最後は余談です。 初めてトケンランの花を見ることができたので、モノサシで花の寸法などを測りました。 撮影時にはまったく気づかなかったのですが... 後で写真をじっくり見たら、とんでもないヤツがいました!(#18)
これって、あのセアカゴケグモですよね!? 外来種の毒蜘蛛の。 丸っこくて黒光した胴体で、背中にひし形が2つ縦に並んだような赤い模様があるので、セアカゴケグモのメスに間違いないと思います。ゲロゲロ〜〜!! 蜘蛛は大の苦手! 大きいほど嫌悪感が増しますが、小さいのもダメ、大嫌い。 生で見るのはもちろん、画像で見るのもイヤです。 ましてや、毒蜘蛛!
モノサシを当てるために、花に触れるほど近づいて撮影したと思います。 老眼のせいか、まったく気づかなかった! よく見ると細い糸で巣も張ってる。 もし噛まれていたら、どうなっていたのか? ヤバい、ヤバい!
1995年に大阪府で初めて発見されたそうですが、もうこんな所にまで生息域を広げているのですね。 (参考外部サイト:Wikipedia セアカゴケグモ)
当日はコヤツに気づかず、天候に恵まれ、見たい花も見ることができて、大変気分が良い花さんぽでした。 知らないでいて幸せ、ということもありますね。
トケンランは、2010年に福島県の花友さんにご案内いただき、自生地を知ることができました。 この場を借り、改めて御礼申し上げます。
(註1):図鑑では『唇弁は 〜(中略)〜 1/3のところで急に曲がり、3裂する。』とありました。 これは唇弁が「基部から見て1/3のところで急に曲がる」と解釈しましたが、現物の花を見ると1/3には見えなかったので、見た目通り、「基部から半分より少し先まで」と表現しました。
< 引用・参考文献、及び外部サイト >
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*1 日本の野生植物 草本 1 単子葉類
平凡社 1982年1月20日 初版第1刷 p.227
*2 ウィキペディア
トケンラン https://ja.wikipedia.org/wiki/トケンラン
*3 西宮の湿性・水生植物 http://plants.minibird.jp/index.html
http://plants.minibird.jp/kansai/kansai50/kansai_ta/con_to/tokenRan/tokenRan.html
*4 二人の館 http://futarinoyakata.my.coocan.jp/index.html
トケンラン http://futarinoyakata.my.coocan.jp/tokenran.htm
2017.09.28 掲載