シロテンマ
白天麻 ラン科 オニノヤガラ属
Gastrodia elata var. pallens Kitag.
( Gastrodia elata f. pallens (Kitag.) Tuyama )
絶滅危惧1A類(Critically Endangered)
葉緑素を持たず、光合成を行わない、菌従属栄養植物です。 菌類に寄生し、その養分を略奪して生きるという特殊な生活様式を獲得した植物です。 この個体の高さは30cmほどで、12個の花をつけていました。 他に高さが25cmほどで、7個の花をつけた個体も見つけました。 直立した細い灰褐色の花茎の先端付近に、ややまばらに白色の花をつけた姿はとても印象に残るものでした。 花はランダムな方向に向いて咲いています。 子房は褐色でした。
半日陰となるような、やや明るい林縁にいました。 別の花を探す目的で立ち寄った場所で、偶然見つけることができたのです。 環境省が絶滅危惧1A類(*1)に指定している、とても希少な植物です。 滅多に出会うことはできません。 この場所で出会うことができるとは、夢にも思っていませんでした。 非常に運がよかったのだと思います。
学名は、所有する図鑑(*2)では、 Gastrodia elata f. pallens (Kitag.) Tuyama となっているので、それに従いました。 Gastrodia elata はオニノヤガラのことであり、f. は forma で「品種」、 pallens はラテン語で「(色の濃さが)薄い、淡い」という意味です。 つまりシロテンマは「オニノヤガラの色が薄い品種」となります。
品種であることについて、素人ハナミストとしては、違和感を覚えました。 なぜならばオニノヤガラは40〜100cmもの高さになり(中には100cmを超えるものも)、花数も20〜60個と多く、花期は6〜7月です。 対してシロテンマは、高さは20〜30cmしかなく、花数も十数個と少なく、花期も7月上旬頃と、1ヶ月程度遅いのです。 単なる色違いの品種であるとは、にわかには信じられない気持ちです。
上の写真は、2010年6月21日に福島県で出会えたオニノヤガラの写真に、今回のシロテンマを合成した画像です。 縮尺の精度はありません。 オニノヤガラは、Hiroの身長から換算して高さはおよそ120cmです。 シロテンマは約30cmだったので、せいぜいスネの高さです。 花茎の太さは、倍以上違っていそうです。
植物は同じ種でも、栄養状態や環境でその大きさが大きく変化することもあります。 しかしこうして並べて見ると、それらの影響だけでこうも違うものかと思えてきます。 素人ハナミストとしては、直感的にどうしてもシロテンマがオニノヤガラの「色違いの品種」とは思えず、「変種」なのでは? いやいや、もしかすると「別種」ではないのか? と思いたくなるのです。
花の構造を見てみます。 背萼片と左右の側萼片は合着し、壺状になっていて、下側は斜めに切り込んだようになっています。 上側は背萼片と側花弁で大きくは3裂していますが、それらの間に小さな側花弁が2個つくので、全体として5裂しているように見えます。 唇弁の先端は、細かく不規則に裂けています。 距はありません。 以上の説明は、オニノヤガラにも当てはまります。
花の色は全体として白色と言ってよいと思いますが、丸っこい壺状の部分の外側は、極わずかながら、緑色が入っているようにも見えました。
前述の通り、唇弁先端部は不規則に細裂し、毛の様な・短い紐の様な状態になっています。 オニノヤガラはこの部分が黄色で目立ちます。 オニノヤガラは、暗い環境ではアポミクシス(*3)により種子を生産しますが、明るい環境に生育する個体では、かなりの割合でコハナバチによる他殖を行っているそうです(*4)。 シロテンマがオニノヤガラの品種であるのなら、同様な生活様式を持っている可能性が高いと思います。 但し開花時期が1ヶ月も違うので、送粉者が異なる可能性もありそうです。
唇弁の縁を細裂させたのは、送粉者を誘うための仕組みであるのかも知れません。
細裂部分はオニノヤガラのように目立つ黄色ではありませんが、シロテンマでは花全体を白色にすることにより、薄暗い林下で花を目立たさせようとしているのかも知れません。 自殖と他殖を併せ持つ植物は、実に様々な工夫を凝らしているようです。
花を下から、というより、上を向いた花を横から撮ったものです。 下側から見ると、唇弁の縁の細裂はあまり見えません。 また唇弁が壺状の花冠から突き出していないこともわかります。 萼片と花弁の内側は白色ではなく、一部が紫褐色になっていました。
シロテンマの花の側面です。 このランは花柄と子房の境界が明確なので、花柄子房とせず分けて示しています。 写真で判別できる範囲では花柄にねじれはありませんでしたが、この花のみ、花柄にねじれのようなものが見えます。 判断に迷いますが、他の花にねじれが観察できなかったことから、暫定的に「ストレート・唇弁下側タイプ」とします。 今後再会できたときには、更にじっくりと観察してみたいと思います。
これは、2010年に福島県で出会ったオニノヤガラです。 シロテンマよりも側花弁下部の反り返りが大きいように見えます。 また唇弁の縁の黄色い細裂部も、シロテンマより外側に飛び出しているように見えます。 どちらも一日だけの観察なので断言はできせんが、色違いの品種では済まないように思えてしまいます。
実は、シロテンマは1939年にオニノヤガラの変種 Gastrodia elata var. pallens Kitag. として発表されています。 その17年後の1956年に、植物学者の津山尚氏により変種ではなく品種とされたのですが、その経緯はよくわかっていないようです。 少なくとも変種であったならば納得し易かったのですが。 将来研究が進み、実は別種であった、という判断が下される日が来るかも知れませんね。→(*5)
菌従属栄養植物なので葉はありませんが、鱗片状に退化した鱗片葉が残っています。 左はシロテンマの鱗片葉で、茎を囲むようについていました。 右はオニノヤガラで、シロテンマと同様、茎を囲むようなものもありましたが、写真のように互生状に残る鱗片葉もありました。 (上の2枚は縮尺が全く異なります)
蛇足ですが、オニノヤガラの花茎は硬く、まるで木のようでした。 表面はすべすべして滑らかです。 シロテンマはそれは細く、非常に弱々しく見えたので、触れませんでした。
上の写真は2枚とも北信州の花友さんが撮影されたものです。 ご本人の承諾を得て、掲載させていただきます。 左は私たちが見た、花12個の個体と同じもので、右は数百メートル離れた場所で花友さんが発見された、私たちが見ていない個体です。
撮影日は8月7日、つまり私たちが見たわずか3日後です。 下方の花から、傷みが進んでいます。 開花前から観察していた訳ではありませんが、私たちが3日前に見た時は特に目立った傷みはありませんでした。 上の状態から推測すると、シロテンマの花の見頃の時期は相当に短い、と言えそうです。 もし幸運にもこの花に出会えたが開花直前の状態であったとしても、「1週間後にまた来てみるか」では遅きに失する可能性がありますね。
*1 絶滅危惧1A類のカテゴリー説明:「ごく近い将来における絶滅の危険性が
極めて高い。危機的絶滅危惧」
*2 平凡社 日本の野生植物Ⅰ 1982年、山と溪谷社 野に咲く花 2013年
*3 アポミクシス:受精を伴わずに種子などの繁殖体を生産する生殖過程の総称。
*4 末次 健司 2014 菌従属栄養性の生活様式を可能にした様々な適応進化
*5 文一総合出版 日本のラン ハンドブック①低地・低山編(2015.05.01発行)
に以下の内容の記述があったので、ご紹介します。
「以下の理由から、オニノヤガラとは別種とすることが適当であろう」
・全体的により小さい
・花の形態に違いがある
・開花期がより遅い
信頼できる最新の図鑑に上の記述があったことから、学名を
Gastrodia elata v. pallens Kitag. に戻しました。
参考にさせていただいたサイト
文献・図鑑などの著作物や、個人・法人のWEBサイトにも著作権があることをご理解の上、ご利用下さい。
2015.01.06 掲載
2015.06.25 *5を追記
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シロテンマが掲載されたページ
Dairy-Hiroダス2014 8月4日 夏休み お帰りの章
他のオニノヤガラ属の植物
フウバイカ (日曜日, 28 7月 2019 16:55)
シロテンマが数本咲いていると情報を貰ったので登って来ました。大体の位置を教えて貰っていたのですが探せど探せど見つかりません。見つからないはずです。1mは有ろうかと思われるのっぽさんでした。目線が違ったのです。数本ののっぽさんは数個の花を残し後は黒くなって絵になりません。
少し離れたところに見頃の株が1本、これはきれいでした。
HiroKen (日曜日, 28 7月 2019 23:29)
フウバイカさん、コメントをありがとうございます。
シロテンマを見ることができて、よかったですね! 菌従属栄養植物なので、毎年同じ場所に出現するとも限らず、なかなか出会えない植物であると思います。
ただ、1mもあろうかと思われるほどのシロテンマはないと思うので、オニノヤガラかアオテンマ、もしくはオニノヤガラの白花かも知れませんね。ぜひ写真を拝見したいものです。