上は初めて見ることができたサイハイランです。 当時のレポートを見返すと「なんとサイハイランを発見!」などど大感激し、初対面を喜んでいました。 しかしその後あちこちで見ることができ、さほど珍しいランではないとわかりました。 東京の某超有名なT山などでは、山麓で簡単に見ることができます。 その後もあまりにも目にする機会が多いので、山道で出会っても「なんだ、またサイハイランか」などとつぶやくようになってしまいました。 我ながら身勝手なものだと思います...。
今までで最大の群生は、福島県の花友さんに教えていただいた、福島県の自然公園で見ることができました。 気持ちのよい森の中で、たくさん咲き誇っていました。 全体がやや黄色味を帯びた個体群もいました。
これだけたくさんいると、なかなか壮観です。 どちらかというと地味系のランですが、個体毎に微妙な色合いの違いがあり、たくさんいると楽しめます。
和名は、花序を采配(戦場で軍勢を率いる際に用いた指揮具)に見立てたものです。
上の群生のビデオです。 コンデジのビデオ機能で撮影したので、画質はご容赦を。 この場所には同じサイハイラン属のトケンランも咲くのですが、残念ながらこのときは花期を逃していました。
すぼめた傘のように花を咲かせるサイハイランですが、
このように花被片を大きく開く場合もあるようです。
山地の林床に生える多年草です。 普通1個の葉をつけます。
葉は長楕円形で長さ15〜35cm、先端は尖ります。 新しい葉
が出るまで古い葉は残るので、葉を目印に冬場に咲く場所を探
すことができます。 花茎は高さ30〜40cm。 花は10〜20
個が総状につきます。 花は斜めに下垂します。 花期は5-6月。
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花は細長いです。 ベニシュスランのページに「見たことのあるランの中で、断トツに長い」と書いてしまいましたが、見た目の細長さではどうもサイハイランの方に軍配が上がりそうです。
萼片と側花弁は線状の披針形で、先端は尖ります。 唇弁は基部から2/3ほどまで、雨ドイのように蕊柱を抱えるようになっていて、前端付近で3裂します。
図鑑では唇弁の長さは約3cmとありました。 唇弁と蕊柱には美しい紅紫色の模様が入り、この花のアクセントになっています。
正面から見ると3裂した唇弁の様子がよくわかります。 側裂片は披針形で中裂片は長楕円形をしています。 側裂片の色が鮮やかですね。
このページを作っていて気付いたことがあります。 唇弁中裂片の先端部の様子がいろいろあるのです。 先端が下側に反り返っている花と平坦な花(上の左)、そして内側に巻き込み舟形の形状になっている花(上の右)があるのです。
開花してから形状が変化していっている可能性もあります。 開花直後は舟形で、その後徐々に開き平坦になり、最後は下に反り返る。 これは何日か同じ花を観察しないとわかりませんね。
あるいは、サイハイランは意図的にいろいろな形状を作っている可能性もあると思いました。 もしサイハイランのポリネーター(送粉者となる昆虫)が複数種類いたとしたら、ポリネーターの大きさや好みに合わせていろいろな形状を用意しているとしてもおかしくはないのでは? ポリネーターは子孫繁栄に関わる大切な花粉を運んでくれる、大事なお客様。 人間の営むお店も、お客様の好みに合わせていろいろ商品を取り揃えるわけですから、ランもいろいろなポリネーターに合わせて複数種類の形状を持ったとしてもおかしくないのでは? こんな想像をしていると、つい時間が経つのを忘れてしまいます。
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さて、恒例になっている花柄子房のねじれの観察ですが、調べていたら驚きの事実が発覚! また頭を抱えてしまうことになりました。
なんと、花柄子房のねじれの有無が、混在していたのです!
一つおきに花柄子房が「180°ねじれる」・「ねじれずストレー
ト」となっていました。 上の写真では、クリックして拡大
しても見えにくいですね? 一部をトリミングして拡大して
みます。
今まで、ランの花柄子房は種により「ねじれる」か「ねじれない」かのどちらかに決まっていると信じていました。 思い込んでいたというか。 しかし、同じ種で両方が混在することがあるとは!
今まで他の種で「ストレート・唇弁下側タイプ」だの、180°ねじれて唇弁下側の「標準タイプ」だのと勝手に区分けしていましたが、正しかったのだろうか?実はサイハイランのように両方が混在する種もあったのでは? あーあ、どうしよう。
ランが唇弁を下にする理由は別として、下に位置づけることができるのは、重力を検知しているのだと思います。 イネやシロナズナなどの根で確認されているのと同様に、アミロプラストやオーキシンが花柄子房で作用しているのかも知れません。 でもどうして「一つおき」なんだろう?
ラン科の植物は、知れば知るほどナゾが増えて来るようです。 この辺がド素人観察者の限界のようですが、興味と探究心だけは失わないようにしたいと思います。
サイハイランは、「ストレート・180°ねじれ混在型唇弁下側タイプ」としておきます(長い!)。
2012.11.21 掲載
蓼科 琴 (土曜日, 04 3月 2017 09:30)
唇弁の形状の違いについての記事、とても興味深いです。前々から気になっていたのですが、何故、葉は1枚しか出ないのでしょうか?理由につき、御存知でしたら、教えてください。何か利点があるということなのかと思いますが。・・
よろしく、お願いします。私は、ホームページは開設していません。
HiroKen (土曜日, 04 3月 2017)
コメントをありがとうございます。
サイハイランがなぜ葉を1枚しか出さないのかは、サイハイランが「部分的菌従属栄養植物」である可能性があることと、関係がありそうです。 菌従属栄養植物(以前の言い方では腐生植物)は光合成を止め、菌根菌から栄養素である炭素を略奪することで生きる植物です。ランの仲間ではオニノヤガラ、タシロラン、クロヤツシロランなど多数あります。始めからこのような生態であったのではなく、元は葉緑素を持ち光合成を行う植物であったものが、長い年月をかけて試行錯誤を繰り返し、完全な菌従属栄養植物に進化し、ライバルの少ない薄暗い林床への進出を可能にしたのでしょう。
サイハイランはその進化の途中にあり、完全な菌従属栄養植物にはなれていないため、菌根からの栄養素だけでは足りないので、葉を1枚残して光合成による栄養補給で補完していると思われます。 このように光合成と菌根菌からの栄養素の略奪を併せ持つ植物を部分的菌従属栄養植物といいます。 逆の見方をすれば、現状のサイハイランにとっては、葉は1枚あれば事足りるということなのでしょう。 遠い未来には、サイハイランは完全な菌従属栄養植物への進化を果たし、最後の1枚の葉も持たないようになっているかも知れませんね。
ラン科の部分菌従属栄養植物は、他にシュンランやキンランなどもあります。