タキミチャルメルソウ
(ハリベンチャルメルソウ)
滝見哨吶草 ユキノシタ科 チャルメルソウ属
Mitella stylosa H.Boissieu var. stylosa
日本固有種 環境省:準絶滅危惧 (Near Threatened)、岐阜県:絶滅危惧Ⅱ類
岐阜県、三重県及び滋賀県との県境沿いに位置する鈴鹿山地に特異的に分布する、高さ20〜30cmの多年草です。 日本固有種であり、地理的に遠く離れた四国に生育するシコクチャルメルソウの変種です。 地理的に接して分布するチャルメルソウやミカワチャルメルソウに似ますが、それらとは別系統の種であることが確認されています(*1)。
根生葉は長さ7〜10cm程度の柄があり(*8)、柄には長毛が生えます(写真#2、#3)。
葉身は長さ3〜6cmの卵形で、浅く5〜7裂し、基部は心形で、両面に粗毛があります(*4)。 表面は班が入ることが多く、葉脈は紫褐色〜暗緑色を帯びることがあります(#4)。
托葉は長楕円形で無毛(画像なし)。
1つの花茎には、およそ20〜30個の花をつけるようです。 十数株がまとまって生えている場所がありました(#5)。 チャルメルソウ属は上向きのラッパ型の果実に雨粒を受けて、中の種子を飛ばすそうです。 あまり遠くには飛ばせられない気がしますが、そのためにまとまって生えたりするのでしょうか?
タキミチャルメルソウの一番の特徴は、花弁が分裂しないことです。 花弁は、萼裂片の間からヒゲのように出ている紅紫色の部分です。 見慣れたコチャルメルソウなどは、花弁が羽状に5〜9裂し、まるで地上波のテレビのアンテナ、もしくは送電線の鉄塔を連想させるような形になります。
しかし本種は呆れるほどシンプルに、たった1本の糸状の花弁なのです。 Simple is best! という言葉がありますが、ここまでシンプルにして大丈夫なのか? もしこれ以上シンプルにするとしたら、花弁をなくすしかありません。 初めて見たときには「はあ? ナンデスカコレハ?」と言ってしまいました。 観察日の前日には、最も多く花弁が裂けるミカワチャルメルソウを見ていたので、余計にその落差の印象が強烈でした。
萼筒は深い円錐形の釣鐘形です。 花柄は短く、萼筒との境界が曖昧です。 この形状は、皿形の萼筒を持つコチャルメルソウなどと明らかに異なります。 この違いは、送粉者であるキノコバエという昆虫と関係があるそうです。 キノコバエは小さなハエの仲間で、姿はハエよりもむしろ蚊に近い感じです。
萼筒が皿形のコチャルメルソウなどには、口吻の短いキノコバエの仲間が訪れるそうです。 一方、本種やミカワチャルメルソウなど釣鐘形の萼筒をもつ種には、口吻の長い「ミカドシギキノコバエ」という種ただ一種が訪れるそうです。
どうやら、皿形/釣鐘形の違いは、訪れる送粉者に合わせて変化してきたようです。 長い口吻を持つミカドシギキノコバエに訪花してほしい種は、送粉者に合わせて蜜を深い場所に溜めるために、釣鐘形になったと考えられます。 またそれぞれの花が放出する「ライラックアルデヒド」という香り成分も繰り返し進化してきて、特定の昆虫を誘引したり、逆に近づかないようにする効果があるそうです。
このように送粉者との間に強い共生関係が築かれており、これが生殖隔離機能となり、同じ場所で異なる種が生育していたとしても、自然交雑は起きないそうです。
本種はミカドシギキノコバエという、たった1種の昆虫だけとお付き合いしているため、もし生育環境からこのキノコバエがいなくなれば、本種もその地で生きていけず、絶える運命にあります(この項目のすべて:*1,*2,*3)。 本種とミカドシギキキノコバエが健全に生活できる環境がいつまでも残ることを、祈らずにはいられません。
萼裂片は5個あり、三角状で鋭頭、長さ約1mmです。 花期には直立し、先端のみやや反曲します。 2個の花柱は短く、柱頭は半曲します。 雄しべは花弁に近く(#9がわかりやすい)、萼裂片と互生し、裂開直前の葯は淡黄色です。
花弁は羽状に分裂せず、線状であることが大きな特徴です。 ハリベンチャルメルソウの別名がありますが、これは「針弁哨吶草」で、針のような花弁のチャルメルソウという意味でしょう。 そのものズバリの名前ですね。 ただし、花弁はまれに3裂することもあるそうです。
それにしても、仲間の種の花がもつ羽状に裂けた花弁は、送粉者の昆虫が訪花したときに、うまく足場となるような位置にあります。 花弁は送粉者に蜜の位置を知らせる誘導の役割と、足場の役割がありそうです。 であるのに、なぜに本種は花弁を裂けさせず、送粉者がとまりにくい形にしてしまったのか? 不思議です。
もしかすると、このとまりにくいという困難を乗り越えられる昆虫だけに来てほしいのかも知れません。 そしてミカドシギキノコバエは、間違いなくこの困難を乗り越えられる昆虫なのでしょう。
タキミチャルメルソウは「滝見哨吶草」で、「滝見」の由来は、命名者の牧野富太郎博士が三重県の鈴鹿山脈の滝の近くで発見したことによるそうです。 ただ、所蔵する牧野博士の「牧野 新日本植物図鑑」には維管束植物が3600種以上も載っていますが、タキミチャルメルソウはありません... ナゾです。
ややうつむき加減に咲いていた花は、花後に上を向いた果実となります。 果実は蒴果で、2個の花柱間にある縫合線に沿ってパッカーンと開き、反り返って釣鐘を逆さまにしたような形... ラッパを上向きに立てたような形になります。 中には長楕円形で長さ約1.1mmの種子が入っており、雨天時に雨粒が直撃すると、その力で弾き飛ばされ周辺に散布されます(*2)。
#12は、まだ果実が開き始めた段階で、「パッカーン」のパッ... のあたりです。 隙間からツブツブの種子が見えます。 次世代につながる子孫を残すことに成功したようです。 見えませんが、本種の種子の表面には、うね状の隆起があり、その上に乳頭状の突起が散生することが特徴のひとつです(*1)。
完全に開いた状態の果実の写真が、コチャルメルソウのページにあります。 よろしければ参考にして下さい。
本種は準絶滅危惧に指定されている希少植物であるため、保護の観点から観察地の地名や標高の掲載を差し控えました。
本種の自生地に案内して下さった岐阜県のOさんに、この場を借りて改めて御礼申し上げます。 貴重な花を見させていただき、ありがとうございました。
< 参考・引用させていただいた文献・図鑑や外部サイト(順不同・敬称略) >
文献・図鑑などの著作物や、個人・法人のWEBサイトには著作権があることをご理解の上、ご利用下さい。
*1 日本産チャルメルソウ属および近縁種(ユキノシタ科)の自然史 奥山雄大
Bunrui 15(2): 109-123 (2015) (第13回日本植物分類学会奨励賞受賞記念論文)
J-Stageの以下のページからダウンロード可能
https://www.jstage.jst.go.jp/article/bunrui/15/2/15_KJ00010115016/_article/-char/ja/
こちらのページからも。
*2 おくやまの研究ページ チャルメルソウの仲間とその花粉を運ぶキノコバエの共生系
*3 国立科学博物館 生き物との関わりが形作る植物の多様性 奥山雄大
*1〜*3は、国立科学博物館植物研究部多様性解析・保全グループ/筑波実験植物園の
奥山雄大博士の文献・サイトです。 チャルメルソウ属の植物に少しでも興味がある方は、
ぜひにでも読んでいただきたい内容です。 きっと、もっと興味が湧くことでしょう。
*4 山渓ハンディ図鑑2 山に咲く花 山と渓谷社 2013年3月30日 初版第1刷 p.279
*5 Plants Index Japan(撮れたてドットコム) タキミチャルメルソウ
*6 YList 植物和名ー学名インデックス タキミチャルメルソウ
*9 タキミチャルメルソウ及びその近縁種について 若林三千男 (1977)
J-Stageの以下のページからダウンロード可能(英文です)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/bunruichiri/28/4-6/28_KJ00001078237/_article
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最終閲覧:2018.04.08
2018.04.08 掲載