初めてノウルシと認識して観察したのは、ここ埼玉県の田島ヶ原で
あったと思います。 まだ花に興味を持って間もない頃です。 サク
ラソウ目的で訪れたのですが、群生するノウルシも美しいものでした。
数が多く、ノウルシがサクラソウを駆逐してしまうのでは? とも
思いました。 しかし全国的に生育できる環境が少なくなっているた
め、サクラソウと同じく、準絶滅危惧に指定されています。
平地の河川敷や湿原などの、明るく湿った場所に生える多年
草です。 上の写真も茨城県のある川の河川敷で、近くには小
さな池があり、ヨシが生えているような場所でした。 周辺に
樹木はなく、日当り良好でした。 ちなみに湿地に生えるトウ
ダイグサ属は、本種とセンダイタイゲキしかありません。
このページの写真のキャプション(説明文)には「 alt=11m」
などと観察地の標高を入れてあります。 alt は altitude(標高)
の略です。 いずれも数メートル〜十数メートルで、低い土地に
多い植物であることがわかります(標高数十メートルまでしか
生えないという意味ではありません)。
根茎を発達させて増え、このように群生していることが多いです。
しかし生えている場所が乾燥化すると、なくなってしまうそうです。
草丈は30〜40cm。 葉は長さ4〜9cmの狭長楕円〜
披針形で、らせん状に互生します。 鋸歯はありません。
主脈が白っぽく目立ち、若い葉には両面にまばらに毛が
生えていることがあります。
遠くから見ると鮮やかな黄色い花を咲かせているように
見えますが、花弁に見える部分は杯状花序(はいじょうか
じょ)の基部にある総苞葉・苞葉です。 ノウルシには花
弁や萼片はありません。
さてトウダイグサ属の花は「杯状花序」という特殊な花
をつけますし、イマイチ構造がわかりにくいです。そこで
今回は、少しじっくりと調べてみました。
茎頂に5枚の葉を散状につけ(①〜⑤)、その
葉腋から5本の散形枝を出します(①〜⑤)。
#7は#6の一部を拡大したものです。 5本の散形枝の
先端にはそれぞれ3枚の総苞葉がつき(①〜③)、それぞれ
の総苞葉の葉腋から細枝を伸し、その先端に2枚の苞葉をつ
けます(①、②)。 また苞葉の葉腋からそれぞれ細枝を伸
し、先端に1個の雄しべから成る雄花数個と、1個の雌しべ
から成る雌花1個の杯状花序を頂生します。
.
上の説明でご理解できたでしょうか? とてもわかりにく
いですよね! 写真を見ながら読んでもわかりにくいと思う
ので、模式図を作ってみました(#8)。
#8はノウルシの模式図です。 大きさ・形状・色などは
無視し、各構成要素のつながりだけを示した図です。 1本
の散状枝から杯状花序に至る部分のみを示し、他の同様な部
分は省略しました。 この模式図とともに、写真#6、#7
と前述の説明もう一度を見ていただければ、一層わかり易く
なるかと思います。 不稔性の「中心の杯状花序」は、葉が
奇数枚の部分にだけつきます。 中心の杯状花序については、
後でまた触れます。
尚、ノウルシは雌雄異熟、つまり雌花と雄花の成熟する時
期が異なります。 先に雌花、その後雄花が成熟するので、
雌性先熟といいます。 まず雌花が成熟し(雌性期)、その
とき雄花は雌花の下に隠れて見えません。 雌花が受粉する
と雌花の柄が伸長し外側に垂れ下がり、その後雄花が成熟し
ます(雄性期)。 自家受粉を避ける仕組みと思われます。
写真#5〜#7は雌性期、下の写真#9、#10は雄性期の
花です。
杯状花序を横から見ています。 小総苞は5個が合着し、杯の
ような形になっています(杯状花序の名はここから来ています)。
腺体は5個あります。 雄花は雄しべ1個から成ります。 写真
で指し示しているのは1個ですが、雄花は数個あります。 雌花
は1個で、雌しべだけから成ります。 次の#10で更に詳細を見
ます。
雄花は5個あり(①〜⑤)、雄しべだけしかなく、花弁や萼片はあ
りません。 雄しべは実は2個の雄しべが合着したもので、花糸先端
の2分岐した葯がその痕跡です。
雌花は、1個の雌しべから成り、花弁や萼片はありません。 子房
の外面にはイボ状の突起が密生し、これは蒴果になっても残ります。
子房の突起や毛の有無は、トウダイグサ属の植物を識別する際の重要
なポイントになります。 柱頭は3裂し、更に先端が2岐します。
腺体は5個あり、みかん色がかった黄色で、外側に膨らんだ楕円
形。 腎形、といってもよいと思います。 腺体の形状も、トウダイグ
サ属を識別する上で重要なポイントの一つです。
腺体の数は、センダイタイゲキでは「中心の杯状花序」(不稔性、
写真#11で後述)は5個で、周辺の杯状花序は4個でしたが、ノウ
ルシでは、どちらも5個でした。
一見、雄しべと雌しべを備えた完全花のように見えますが、実は雄
花と雌花で花序を構成し、かつ、花弁も萼片も無いという、とても不
思議な花です。
花が終わり果実形成期期になると雌花は立ち上がり果実
は上向きになります。 外面のイボ状突起が印象的です。
蒴果は3室あり、1室に1個の球形の種子が入っています。
5本の散形枝の中心には、雌花を持たず、雄花と腺体だけのため
不稔性(結実しない)である杯状花序があります。 正式名称は不
明ですが、当サイトでは「中心の杯状花序」と呼んでいます。
「中心の杯状花序」の役割は何でしょう? 意味なくこのような
器官を作るとは思えません。 送粉者をおびき寄せるための、広告
塔のような役割なのでしょうか?
→部は#12で示したのと同じく、5枚の散状の葉の中心にある
「中心の杯状花序」で、◯印で囲んだ部分は、3枚の総苞葉の中心
にある「中心の杯状花序」です。
3枚の総苞葉の「中心の杯状花序」です。 オレンジ色がかった
腺体が目立ちます。 紫外線撮影できるカメラがあれば、昆虫の目
から見ても目立つのかがわかるのですが。 ...なぜ雌花がないのか?
ここまで頑張ったのだから、雌花もつければ結実できる可能性が高
まると思うのですが。 やはり「広告塔」の役割のために作ったの
かな?
茎の途中からポッキリ折れてしまっている個体がありました。
断面から白乳液が漏れ出しています。 この液に触れるとウルシ
(漆)のように皮膚に炎症を起こすので、「野のウルシ」となり、
それが「ノウルシ」となったようです。 実際にはウルシはウル
シ科の植物なので、まったく縁遠い植物です。
白乳液に含まれる有毒物質はユーフォルビン(Euphorbine)
と呼ばれ、トウダイグサ連(Euphorbieae, トウダイグサ属とニ
シキソウ属)特有の物質であるようです。 逆に言うと他のトウ
ダイグサ連にもこの有毒物質が含まれ、ノウルシ特有の有毒物質
ではありません。
あまりうまい説明ではなかったかも知れませんが、私は以前よ
りはノウルシがよくわかるようになったと、一人自己満足してい
ます。 従来「あ〜キレイだね」と眺めているだけのノウルシで
したが、今回少しだけ詳しく調べてみて、一層魅力的な植物に思
えてきました。
2014.08.22 掲載
高山孝信 (火曜日, 18 4月 2017 17:09)
茨城県取手市の利根川と小貝川の合流地点の河原に群生していたのを見て、地味ながらも美しいと感じたのですが、名前を知りませんでした。
名前を知りたくネットで調べた結果、このページに辿りつきました。
丁寧な説明と画像のお蔭で良く分かりました。ありがとうございました。
後日、ノウルシの撮影画像をinstagramやFacebookに投稿すると思います。
instagramのアカウントは takanobu_takayama
Facebookのアカウントは Takanobu Takayama
です。ありがとうございました。
Ken (火曜日, 18 4月 2017 18:29)
高山様
お役に立てて幸いです。名前がわかると、急に身近に感じるものですね。
見られた場所をGoogle Earthで見てみましたが、いかにもノウルシが咲きそうな場所ですね。