ムサシアブミ

 

武蔵鐙 サトイモ科 テンナンショウ属

Arisaema ringens

ムサシアブミ  2015.04.18 神奈川県 alt=45m (このページの写真すべて) 
 ムサシアブミ  2015.04.18 神奈川県 alt=45m (このページの写真すべて) 

 

 上の写真を見て、チアガールを連想したアナタは、少し変かも知れません(ワタシは連想しました)。 バンザイをしたような2個の長い葉柄、その先の大きな3個の小葉、葉の間にニョキッと立つ、ボクシングのグローブのような仏炎苞。 似たような姿が多いテンナンショウ属の中にあって、本種はとても識別しやすい。

 

 草丈20〜50cmの多年草。 本州の関東地方以西・四国・九州・沖縄に分布します。 やや湿った林下、特に海岸近くの林で見られることが多いそうです。 今回、神奈川県の小さな里山公園で初対面を果たしました。 ここは海岸から直線で約11km。 海が近いという雰囲気はありませんでしたが、日本地図のスケールで見たら、海に近い場所です。

 

ムサシアブミの葉
 ムサシアブミの葉

 

 葉は2個で、3出複葉(3個の小葉からなる葉)。  やや光沢があり、大きいです。 同じ科の食用のサトイモ(サトイモ属)ほどではないですが、テンナンショウ属の中では目立って大きい。 葉の長さは、上の写真の株では30cmほどありました。 幅の広い卵形で、先は急に細くなって鋭くとがります。 縁に鋸歯はなく、全縁です。

 

ムサシアブミの葉の先端
 ムサシアブミの葉の先端

 

 葉の先端は鋭くとがり、糸状になります。 糸状になった部分は、黒っぽく変色していることが多かったです。 あまりに細いので、養分が回りにくくて傷みやすいのだと考えます。 なぜこんなにとがらす必要があるのかは、わかりません。

 

基部の様子-1
 基部の様子-1

 

 草の基部の様子です。 葉は地下の球茎から生じ、地上部で円筒状の葉鞘(ようしょう)が伸びて、内側の花茎や葉鞘を包みます。 この部分はあたかも茎のように見えるのですが、実際は茎ではなく葉なので、偽茎(ぎけい)と呼びます。

 

 本種の偽茎の長さは10cmほどでした。 偽茎の一番外側には、タマネギの薄皮のような、薄茶色をした鞘状葉(しょうじょうよう)があります。

 

基部の様子-2
 基部の様子-2

 

 花茎と葉柄の基部の様子です。 葉鞘がしっかり花茎を包み、支えているように見えます。 偽茎・葉柄・花茎には縦長の白っぽい班がありますが、これは遠目ではあまり目立ちません。 さて、いよいよ花を見ていきます。

 

ムサシアブミの仏炎苞の背面
 仏炎苞の背面

 

 上の写真は、花を斜め後方から見ているのですが... でも実は、本物の花は見えません。 花は肉穂花序(にくすいかじょ:多肉な花軸の周囲に柄のない花が多数密生する)なのですが、仏炎苞(ぶつえんほう)と呼ばれる大きな苞の中に包まれているので、外からは見えないのです。

 

 「仏炎苞」とは変わった名称ですが、形が仏像の背後にある仏炎に似ているため、このように呼ばれます。 仏炎というものはなんとなくイメージできるのですが、この際しっかり調べておこうと、ネットで「仏炎」を検索してみました。 すると「仏炎苞」について記述したページが山のように出て来てしまい、「仏像の仏炎」が見つけにくい。 このため検索結果から「仏炎苞」を除こうと、こんな検索ワードで検索しました(Googleにて検索)。

 

仏炎 -仏炎苞 -仏炎包 -仏炎ほう -仏炎ホウ

 

 「-」(マイナス)をキーワードの前につけると、そのキーワードを含むページは検索結果から除外されます。 「苞」を誤って「包」としたり、ひらがなやカタカナで表記されているページもあるので、これらをすべて除くために上記の検索ワードで検索しました。 しかし肝心の仏像の「仏炎」は、探し出せませんでした。 もしかすると仏像の世界でも「仏炎」という言葉はあまり使われていないのかも知れません。

 

 スミマセン、脱線してしまいました。 仏炎苞の様子について、「暗紫色で、淡緑色のすじがある」というような解説をよく見かけますが、私には逆に「淡緑色で、暗紫色のすじがある」ように見えました。 理由は、白いすじが暗紫色の部分より太く見えたからです。 淡い色の下地に、暗紫色のすじが入る、という表現の方が実態に合わせて適切と考えます(「どっちでもいいや」という声が聞こえてきそうです)。

 

ムサシアブミの仏炎苞の側面
 仏炎苞の側面

 

 仏炎苞の側面です。 筒部は長さ4〜7cmで、口辺部は耳状に張り出し、舷部は袋状に巻き込みます。 非常に印象的で、ユニークな形です。 まるでボクシングのグローブです。 正直、初めて目にしたときは「なんじゃこりゃあ! 変なの!」と叫びました。

 

 この仏炎苞を逆さまに見ると、馬具の鐙(あぶみ)に似ていることが、名の由来です。 鐙とは、馬の背から両側に吊り下げて、足先を差し込むようにして乗せる馬具のことです。 武蔵とは旧国名の「武蔵国」のことで、現在の東京都・埼玉県の大部分と神奈川県北東部に相当する地域です。  ムサシアブミは、おそらくこの地域で発見されたのでしょう。 平安時代の頃、武蔵国では特産品として鐙が作られていたそうです。「武蔵国の鐙」に似ていることから、ムサシアブミとされたようです。 しかし意外にも関東地方では数が少なく、なかなか出会えないようです。

 

 この花の命名者は、花を逆さまに見た状態で何かに例えた点がスゴイ。 単に知識として鐙をご存知だったのでしょうか? あるいは、日常的によく鐙を目にしている方だったのかも知れません。

 

ムサシアブミの仏炎苞の斜め正面
 仏炎苞の斜め正面

 

 斜め正面から見た仏炎苞です。 仏炎苞が複雑な形で巻き込んでいます。 先端部は、細長くとがっています。 黒褐色の部分は、咲き始めはもっと明るい色であったかも知れません。 開花し始めた時期に再訪して観察してみたいものです。

 

 ネット上のいろいろなページで、「少し不気味」という感想を持たれている方がいらっしゃいますが、同感です。 ちと、不気味でした。 でもこの不気味さが素晴らしいので、もっとアップで、いろいろな角度から見てみましょう(なんだそりゃ)。

 

ムサシアブミ 側面やや上から。 このテカリ具合が素晴らしい
 側面やや上から。 このテカリ具合が素晴らしい

 

 仏炎苞の両端の縁が強く外側に反曲し、かつ、先端付近が基部に接するまでに内側に巻き込んでいます。 写真で示せるのでよいですが、もし言葉だけだったらなかなか表現が難しい形状です。 もし粘土でそっくりな形を作りなさいと言われたら、かなり苦労しそうです。 というか、できないね。

 

ムサシアブミ 側面やや下から。 迷宮への入口のよう
 側面やや下から。 迷宮への入口のよう
ムサシアブミ 斜め後方やや下から
 斜め後方やや下から

 

 口辺の基部と先端付近がくっついている様子がよくわかります。 仏炎苞を内側から見ると光が透けて見えるのですね。 表側から淡緑色の縦縞に見える部分は、裏側からは暗紫色に見えます。

 

 それにしても、なんでこんな形にしたんでしょうね? 植物の形状には、必ずそうなった理由があると思います。 たまたま、偶然このような姿になったのではなく、こうなろうとしてなったはずです。 すべてに意味があるはずですが、その謎が解かれるのは、まだまだ先のことになるのでしょう。

 

斜め正面から。 白い付属体が見える。
 斜め正面から。 白い付属体が見える。

 

 仏炎苞の内部には、「付属体」と呼ばれる、白い棒状の器官があります。 上の写真ではその先端付近の一部が見えています。 この付属体の下部の深いところに、雄しべや雌しべがたくさんついているのです(見えなくて残念!)。

 

 雌花の場合は、花が終わると仏炎苞が枯れて落ち、トウモロコシのような果実が姿を現します。 果実は秋に赤く熟し、林の中で目立ちます。

 

 注意しなければならないことがあります。 サトイモ科だからといって、トウモロコシに似ているからといって、絶対に食べてはいけません! 全草(草のすべての部分)が、有毒です。 毒性成分は、シュウ酸カルシウム。 果実を1、2個食べただけで、酷い目に合う可能性があります。 熟した果実は赤くておいしそうに見えるので、特に子供達は要注意です。

 

 「そんなもん、食べるわけないじゃん!」と思われるかも知れませんが、厚労省の「自然毒のリスクプロファイル」にも誤食による中毒発生事例が載っているので、絶対あり得ないことではありません。

 

ムサシアブミ 側面下方から見上げると、縞状の「天井」と白い付属体が見えた
 側面下方から見上げると、縞状の「天井」と白い付属体が見えた
ムサシアブミを上面から。 下側が仏炎苞の正面です。
 上面から。 下側が仏炎苞の正面です。
6株ほどまとまっていた
 6株ほどまとまっていた

 

 仲良く大小6株がまとまって咲いている場所もありましたよ。 みんな兄弟? 個体により葉柄の高さや小葉のサイズに、大きな差があることがわかります。 少しでも先に葉を展開した個体が、太陽光を独占して大きくなれるのかも知れません。

 

6人兄弟 横から
 6人兄弟 横から

 

 ちゃんと6株ありますよ〜。 見えますか? 大きさは様々。 縦線の入った仏炎苞を目印に探すと、すぐにわかります。

 

  小さな里山公園で、デッカイ葉の花を探す。 簡単に見つかると思っていたのですが、意外にも苦戦しました(時間もなかったのだけど)。 もうダメかと諦めかけたとき、地元の方々に助けていただき、初対面を果たせたのです。 その節はどうもありがとうございました。  ムサシアブミに初対面できたときのレポートは、こちら>> Dairy-Hiroダス 2015年4月18日 地元の人の優しさのお陰で

 

 小さな里山公園は、地元の方々に見守られていました。 ムサシアブミが自生できる環境がいつまでも残されることを願います。

 

 

< 引用・参考文献、及び外部サイト >

文献・図鑑などの著作物や、個人・法人のWEBサイトにも著作権があることをご理解の上、ご利用下さい。

 

山渓ハンディ図鑑1 野に咲く花 増補改訂新板

山と渓谷社 2013年3月30日 初版第1刷 p.26

 

山渓ハンディ図鑑2 山に咲く花 増補改訂新板

山と渓谷社 2013年3月30日 初版第1刷 p.40

 

日本の野生植物 草本 1 単子葉類

平凡社 1982年1月20日 初版第1刷 p.132

 

重井薬用植物園  ムサシアブミ

 

多摩丘陵の植物と里山の研究室  ムサシアブミ

 

みんなの花図鑑  ムサシアブミ

 

ふくきち舞台日記  武蔵鐙〔むさしあぶみ〕

 

厚生労働省  自然毒のリスクプロファイル:高等植物:テンナンショウ類

 

ウィキペディア  シュウ酸カルシウム

 

西宮の湿性・水性植物  ホソバテンナンショウ

 

(外部リンク先の最終閲覧日は、当ページの掲載日)

 

2016.01.23 掲載

 

 

 

コメント: 6 (ディスカッションは終了しました。)
  • #1

    わんも (土曜日, 23 4月 2016 23:05)

    いやぁ、びっくりしました。うちの庭に咲いていました。名前もわからず気持ちが悪い花?去年はなかったので、鳥が運んできたのかな?

  • #2

    HiroKen (日曜日, 24 4月 2016 00:04)

    天の川さん、情報をありがとうございます。
    ただ、気付かれなかったかも知れませんが、当サイトの最重要テーマは「野山に自然に咲く花」なので、栽培のお話はちょっと...

  • #3

    ハナミズキ (金曜日, 02 6月 2017 10:22)

    我が家(東京都中野区)の庭の隅に咲いているのを、つい先日見付けました。鳥が種か実を運んできたのでしょうか?去年はやたらとデカイ葉っぱだけ出ていて、こりゃ何じゃ?と不思議に思っていたのですが、花は今年が初めて。我が家のは「ブツエンホウ」が綺麗な赤紫色です。写真を添付したいけど、方法が分からなくて残念!

  • #4

    HiroKen (金曜日, 02 6月 2017 10:40)

    大都市の中でも、条件が良いと生きることができるのですね。おっしゃる通り、おそらく鳥が種を運んで来たものと推測します。赤紫色の仏炎苞とは、変わっていますね。このページに写真は追加できませんが、画像掲示板には誰でも写真を貼れますので、ぜひ見せていただけたらと思います。画像掲示板は、画面右の縦メニューの一番下にアイコンがあります(PCの場合)。

  • #5

    なごみ (金曜日, 19 6月 2020 11:13)

    色んな角度からの写真が分かりやすいですね。花の入口はホントに迷宮の入口のようです。
    数年前に突然我が家の(関東)庭の隅に現れ、次第に数が増えてます。身近にあるのに、なかなかじっくり観察できない位置なので、こちらの観察記録が嬉しいです。
    毒持ちとは知りませんでした。勉強になりました。ありがとうございます!

  • #6

    Ken (金曜日, 19 6月 2020 18:36)

    ムサシアブミがお庭に勝手に生えてきて、しかも数を増やしているとは! なんとも素晴らしい環境にお住まいなのですね! ちょっと変わった姿の草ですが、どうか大事にしてあげて下さい。 毒がありますが、食べたりしなければ大丈夫です。 ただし小さなお子さんがいる場合は、キレイに見える果実をトウモロコシの親戚だと思って食べたりしないよう、よく教えてあげて下さいね。